1983年創業〈しおで〉事業継承の裏側。 “変わらないための変わる決断”【新井田】

45号線沿いにあるレトロな看板がトレードマークの〈しおで〉は、創業から42年になる老舗のラーメン店。2022年に前オーナーから経営を引き継ぎ、そのたすきを今に繋いでいます。長年愛されていた「しおでの味」は、何かに記録されているわけでもなく、前店長のキヌさんの舌と感覚のみで再現された秘伝の業。それを受け継ぐのは、そう簡単ではありませんでした。

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松浦奈々-nana-matsuura

盛岡市在住。八戸市の浜育ち。広告代理店の営業経験を経て、2024年春からフリーのライター兼フォトグラファーに転身。
家族が実家を引き払い岩手へ移住したことで、生まれ故郷に帰る場所がなくなった2022年。旅をするような感覚で、はちまち取材を通じて八戸のことを再度勉強中。好きなものはレトロなものとフィルムカメラと、イカドンと八戸の空気。
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事業継承の葛藤と覚悟。

店名になっている「しおで」とは山菜の名前。もともと中心街で山菜料理屋さんを営んでいたオーナーさんが〆のラーメンを提供するようになったところ大好評に。以降、新井田に店舗を移転してラーメン屋さんの〈しおで〉としてスタートさせたのが始まりだった。

前オーナーであるご夫婦と、店長のキヌさんから〈しおで〉の経営を引き継いだ、現オーナーの本庄さんと店長の尾本さん。2022年に経営を引き継ぐまでの39年間、前店長のキヌさんはたったひとりで厨房に立ち、〈しおで〉の味と空間を守り続けてきました。

本庄さんと尾本さんは、その味を再現するために日々研究を重ねているといいます。また、守るべきものは「味わい」だけでなく「その場所」も含めてなのだと、真っ直ぐな眼差しで話してくれました。

左が本庄さん、右が尾本さん。

「オーナーチェンジしたことは、1年くらい言えなかったですね。隠していたわけではなくて、これだけ愛されてきたお店ですから反響が大きいだろうな、と。『しおでを守っていきたい』という前向きな思いは、地域の方々の喜びに直結することもあれば、戸惑わせてしまうこともありますから」(本庄さん)

「公表していなくても、お店に来ている人たちはやっぱり気がつきますよね。『あれ、いつものおばちゃんがいない』って。時には厳しいご意見をいただくこともありました。でもその言葉の裏側には『それだけしおでが好きだった』という熱い思いや『かつての憩いの場が変わっていくことへの不安』があるのではないかな、と思うんですよね。

味だけでなく、キヌさんの存在とこの空間が好きで、それがお客さんの中で混ざり合って『しおでの味』として記憶されているんだな、と感じています。味を引き継ぐことは『食文化を守ること』でもあるので、その責任と常に向き合っています」(尾本さん)

かつての〈しおで〉で厨房に立っていたのは、キヌさんたった一人。キヌさんの舌だけで守られてきたその味は数値化されているわけではなく、言わば感覚で保たれている、と言っても過言ではありませんでした。

「キヌさんの感覚を私たちも同じように掴めるかといったら、それは難しい話で……。なのでキヌさんが作っているすぐ隣で、麺の茹で時間からスープの配合、調理時間など、細かい動作を全て計測して数値に落としていったんです。ここには1年半ほど時間を費やしました」(尾本さん)

変化のなかで守られ続ける“本質”。

「お店にとって、キヌさんは“なくてはならない絶対的な存在”でした。飲食店は力仕事が多く、体力勝負な部分もありますから、それを一人でこなしていたのは本当にすごいことです。一方で、ホールと厨房の仕事を一緒くたにしているため、仕事量を時給換算すると200円ほどになってしまうんですよね。以前は手書き伝票で処理していたので、合計金額が合わず夜中まで残業することもあったみたいです」(本庄さん)

年季のある建物のため断熱材が入っておらず、寒い思いをしているお客様もいたのでは......と気にされていた本庄さん。少しでも心地よい環境でラーメンを味わっていただきたいとの思いから、事業を継承するタイミングで、風除室の設置、券売機の導入、トイレを洋式に変更と一気に手を加えたのだといいます。

「あとは価格設定も見直しました。いろんな声をいただきますが、事業として〈しおで〉を守っていくとなったとき、売り上げを見過ごしてしまってはいずれ行き詰まってしまうので……。心苦しかったですが、改定させていただきました」(尾本さん)

アップデートされた部分もある一方、ラーメンについては試行錯誤を重ね、かつての味わいを再現するために奮闘する日々。〈しおで〉の看板メニューである支那そばは、当時と変わらない無添加のちぢれ麺を使用。スープに使われている煮干しは3種類をブレンドしており、3段階に分けて仕込みをしています。

「支那そば」740円。

支那そば1杯分に使用されている煮干しの量はなんと40g。一般的な煮干しだしのラーメンは水1リットルに対して30g〜40gの煮干し量なので、その差は歴然。奥行きのあるスープの旨みにも納得です。チャーシューは豚肉特有の臭みがなく、しっとり柔らか。

全国的に煮干しの収穫量は、20年前と比較すると3分の1まで減少しているため、仕入れに困らないように各地の煮干しを目利きしながら使っているんだとか。

スープをたくさん飲めるようにと特大レンゲを提供。これも開店当初と変わらぬままなのだそう。スープも含め完食しました。

「えんぶりラーメン」1,080円。

「頭を振るほど辛い」というのが由来のえんぶりラーメンも〈しおで〉ならではのメニュー。高菜、ねぎ、メンマ、ザーサイ、ラー油、練りごまが入ったピリッと旨辛い一品。ラーメンの種類に分類するなら、担々麺の親戚といったところ。リピートしたくなる……!

〈しおで〉では従来のメニューに加えて、季節限定のオリジナルメニューも充実。全てのメニューのベースには支那そばのオリジナルスープが使われており、過去に提供したトムヤムクンや豚汁ラーメンは多くの支持を集めました。

前職時代は、食品卸売業で営業をしていたという尾本さん。常に素材の研究をし続け、ご自身の経験と組み合わせてシーズンごとに商品開発を進めます。掟は「しおでのスープに合うこと」。お客様から「奥にしおでのスープの存在を感じるね」と言われたことが嬉しかったと教えてくださいました。

変わらないでいるために、変わっていく。

伝統を守りながら、新たな挑戦をし続ける〈しおで〉。取材を経て思ったことは「お客様の声や変化をよく観察されている」ということでした。本庄さんと尾本さんは、お客様が何を求めて〈しおで〉に来ているかを追求し、「変えてはいけないもの」「変わらないでいるために変えていくべきところ」を、日々ひたむきに研究されていました。

事業を継承した当初は、〈しおで〉が変わってしまうのでは……と不安や戸惑いの声もあったそうです。そんな思いにも真摯に向き合い、決して立ち止まることなく前を向き続けるお二人の姿に、心を動かさずにはいられませんでした。

幼少期に母親に連れられて、よく食べに来ていた〈しおで〉。この場所がなくなってしまったら、いくら思い出したくても「あの味」を思い出すことができません。本庄さんと尾本さんの挑戦と熱い思いによって、当時の「記憶」を守ってもらっているのだと強く感じました。

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