「あちらのお客様からです」って本当にあるの? 〈シャドー・バー〉に“バーあるある”を聞いてきた。【三日町】

仕事帰りに一人でふらっと入ったバー。カウンターに腰掛けると、カクテルの入ったグラスがシャーッとテーブルをすべってきて、「あちらのお客様からです」とバーテンダーから常連客を紹介される。何かしらのフルーツがぶっ刺さったカクテルをゆっくり飲み干すと、「今後は私をイメージしたカクテルを作ってください」と言う。……そんなバーに対する私のイメージは実在するのか?

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栗本千尋-chihiro-kurimoto
『はちまち』編集長。1986年生まれ。青森県八戸市出身(だけど実家は仙台に引っ越しました)。3人兄弟の真ん中、2人の男児の母。旅行会社、編集プロダクション、映像制作会社のOLを経て2011年に独立し、フリーライター/エディターに。2020年8月に地元・八戸へUターン。

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私のなかにある「バーの三大イメージ」。

突然ですが、あなたはバー(Bar)にどんなイメージを持っているでしょうか。

私はこれです。

①テーブルをすべってくるカクテル

②「あちらのお客様からです」

③「私のイメージでカクテルを作って」

これらを、「バーの三大イメージ」と呼ばせていただきたい。

私はこれまで正統派のバーにほとんど行ったことがなく、バーのお作法がわからないのだけれど、“バーあるある”は実在するのでしょうか。

その疑問を解消するべく、八戸市三日町にある〈SHADOW BAR(シャドー・バー)〉へお邪魔しました。

 

地下1階、重厚な扉が出迎える〈シャドー・バー〉。

〈シャドー・バー〉があるのは、三日町AXISビルの地下1階。そろりと階段を降りていくと、「SHADOW BAR」と書かれた看板と、重厚なドアが……。

き、緊張する〜〜!

おそるおそるドアを開けてみると、、

わ、目が合った!

〈シャドー・バー〉のオーナー、岡沼弘泰(おかぬま ひろやす)さん。なんとこの方、バーテンダーの日本一を決める大会で優勝した経験を持ち、世界ベスト8になったこともある、すごいバーテンダーさんなのです。

2006年からバーテンダーとして働きはじめ、その2年後の2008年には『ANFA全国​フレア・バーテンダー・チャンピオンシップ』優勝、2015年『​ボルス・アラウンド・ザ・ワールド』ジャパンウィナーに。2019年には『バカルディ レガシー カクテル コンペティション』優勝、世界ベスト8になりました。

『バカルディ レガシー カクテル コンペティション』の世界大会に参加した際の写真(中央)。

「バーテンダー歴2年のときに大会で優勝されたのはすごいですね!」と話すと、「うーん、センスがあったんでしょうね(笑)」と、謙遜することなく言い切る姿がかっこいい! この人になら信頼して“バーあるある”について聞けそうだ!

なにはともあれ、まずはカクテルをいただいてみましょう!

手際良くカクテルを作ってくれる岡沼さん。

こちらが、『バカルディ レガシー カクテル コンペティション』で日本一になり、世界ベスト8になった「エボルバー」1,200円。

バカルディのラムをベースに、ビターオレンジ、スパイスリキュール、レモンジュース、アブサンを加えてシェイクし、最後にオレンジの皮をキュッと絞って香り付けしたカクテルです。少し赤みがかった、透けるようなオレンジ色が美しい見た目。柑橘の爽やかさのなかに、ほんのりビターな味わいが感じられます。

 

さて本題。“バーあるある”は実在するのか?

ーー私が抱いていたバーのイメージがいくつかあるんですけど、本当にそういうシーンがバーで繰り広げられているのか、聞いてもいいですか?

岡沼さん(以下、岡沼):もちろんいいですよ。

ーーあの、カウンターテーブルの上でグラスをシャーッ! って走らせるような感じで、カクテルを提供することはあるんですか?

岡沼:いや、ないです(笑)。それ、どこからきたイメージなんでしょうね。間違いなくカクテルがこぼれますよね?

ーーほんとだ!!! 

2杯目はジンベースにワインとリンゴを合わせたカクテル「キングスウッズ」1,000円。こんな感じでそっと提供してくれます。

ーーじゃあ、シャーッていうのなしで、「あちらのお客様からです」っていうのはどうですか?

岡沼:うちはしないです。そのシチュエーション、「お近づきになりたい」って意思表明だと思うんですけど、おっさんからお酒をご馳走されても、女性にとってなんの得もないじゃないですか。

ーー!!!

岡沼:それで話し相手にさせられて、変に気を使わなきゃいけなくなったら楽しくなくなっちゃうでしょう。

店内にはカクテルのレシピが載った本や、カクテルをイメージしたアート作品が飾られている。

ーーなるほど、女性一人客でも安心してお酒を飲めるように守ってくれるのもバーテンダーさんの役目なんですね。では最後なのですが、「わたしをイメージしたカクテルを作って」ってオーダーされることはありますか?

岡沼:あります。でも初対面でそれをやられてしまうと困りますね、占い師じゃないし。……なので、「3回以上お店に来てくれたらいいですよ」って断ることもあります。面倒なときはピンク色のカクテルを出しますけど。

ーー適当(笑)!

岡沼:もちろん、「さっぱりした味」とか「軽めで甘いもの」といったリクエストは大歓迎ですよ。

テーブル席もあり、複数人でも楽しめます。

というわけで、私の中にあったバーの三大イメージはすべて打ち砕かれました。

むしろ、「シャーッとすべってくるグラスをキャッチする練習をしなくてもいいんだ……! バーって気負わずカジュアルに来ていいのか!」と再発見できました。〈シャドーバー〉では30〜40代がメインの客層だそうですが、20代の若いお客さんも増えているそう。

店舗奥の屋外は喫煙エリア。

 

バーの街・八戸でカクテルを。

八戸市は、バー文化の根付く街。

2009年から『八戸市長杯カクテル コンペティション』が開催されてきたほか、全国のコンペティションでも八戸市のバーテンダーが受賞し、その存在感を強めてきました。

2021年にはアジア圏の優れたバーを順位付けする『Asia’s 50 Best Bar』で、六日町の〈ark LOUNGE & BAR〉がベスト100入り。なにを隠そうオーナーの久保俊之(くぼ としゆき)さん、実は〈シャドーバー〉を立ち上げた人物なのです。

2006年より久保さんに師事した岡沼さんは〈シャドーバー〉を譲り受け、2010年に独立。以前は六日町にありましたが、2021年3月に三日町へ移転しました。

バーカウンター後ろの棚は、以前の店舗からそのまま持ってきたもの。

カクテルというと、私のなかでは居酒屋チェーン店やカラオケで飲んだ「カシスオレンジ」や「レゲエパンチ」「カルアミルク」のイメージで止まっていたのですが、〈シャドーバー〉のカクテルは、これまで経験したものとは、まったく違う飲み物のように感じられました。

「カクテルはバランスが大事。1滴の差で味が変わるくらい繊細な飲み物です」と、岡沼さん。フレッシュフルーツやハーブなどを用いたカクテルは、お酒の新たな楽しみを伝えてくれます。

 

仕事帰りに一人でふらっと入ったら、カウンターに腰掛けてみてください。

カクテルの入ったグラスがシャーッとテーブルをすべってくることはないし、「あちらのお客様からです」とバーテンダーから常連客を紹介されることもない。カクテルをゆっくり飲み干してから、今度は「私をイメージしたカクテルを作ってください」と言ったら「3回来たらね」と言われるかもしれないし、もしかしたらピンク色のカクテルが出てくるかもしれません。

photo:Yuji Hachiya

illustration:Kaoru Miyamoto

 

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