八戸で仕事があるときは中心街に宿を借りる筆者ですが、飲んで帰ってきた夜にも、まだお日さまが昇っていない薄暗い早朝にも、灯りが宿っている喫茶店が朔日町にあるのを発見。しかも通りかかるたび、百発百中で営業している……。朝から夜まで営業しているってどういうことなの? スナック喫茶ってどんな雰囲気なんだろう? と平日の朝にお邪魔してみました。
どきどきしながら扉を開くと、カウンターで静かにコーヒーを啜りながら朝刊をめくるお父さんと、手際の良いお母さんの姿。「いらっしゃい」と優しく迎えてくれたのは、このお店の主である宮木ご夫妻でした。花柄模様があしらわれた銅の天板のカウンターに、丸い座面の赤いカウンターチェアと水槽の金魚。テーブル席は昔のゲームテーブルで、壁に張り出されていたのは、お店のメニューと三社大祭のポスター。
濁点混じりの柔らかな南部弁が交差するその空間には、八戸らしさや懐かしさが詰まっていて「そうそう、私はこんな場所を探し求めていたんだ」と、朝ご飯を注文する前から満たされた気分になりました。
お母さんに聞けば、お店は年中無休、開店は“お父さんが起きたら”なんだそう。
「今日は4時半頃。戸をぱたんと閉める音で私も目が覚めて、トイレに起きてお父さんの靴を見ると、もうないの。間違って起きたのかな? なんて思って『お父さん早いんじゃないの?』なんていうと怒られちゃうからね。私もそのまま起きてお店にいくの」
お父さんの目覚めで始まる〈スナック喫茶道しるべ〉。朝の散歩帰りなのか、6時半ごろにコーヒーを飲みにくる常連さんもいるとのこと。
心地よいテンポで会話がはずんできたところで、お目当ての朝ごはんを何にしようかメニューを眺めるも、どれもこれも魅力的で選べない……。
和洋中、ラインナップが豊富なごはんメニュー。
隣席のお姉さんに「どれがおすすめですか?」と聞いてみる。すると「ママのオムライスはおいしいよ。電話で注文して、家族用に持って帰ることもあるくらい」とプッシュ。迷わずオムライスを注文しました。
オムライス650円。みちっと詰まったケチャップライスは、ふんわりバターが香るどこか懐かしい味わい。
別日に再訪。鍋焼きうどん650円。鶏肉、しいたけ、ねぎの旨みが詰まった甘めのつゆは、ついつい飲み干したくなる味付け。おだしが染み込んだお麩とかき揚げをはふはふする時間がたまらない〜。
裏メニューのせんべい汁セット。相席した方はなんと同級生のご親族。注文されていたせんべい汁定食があまりにもおいしそうだったので、地元のよしみで撮らせていただきました(笑)。
おつまみ、お酒も揃っているので朝だけでなく夜も楽しめる。
目覚めのコーヒーから、夜更けの一杯まで
「前はね、夜中の2時くらいまでやってた。今はお客さんがいないと22時ぐらいには閉めちゃう。道端にあるから、窓から人の流れがよく見えてね。私たちの年頃になると、『あれ〜あの人最近見えないなぁ、倒れちゃったかな』なんて心配してたりすると、ぴっとお店に現れたりして」と笑顔で話すお母さん。
「お薬飲んだ?」と常連さんにりんごを差し出すお母さん。
常連さんによると、お母さんはお客さんの顔色や雰囲気をみて「お魚食べたほうがいいんじゃない?」と裏メニューを出してくれることもあるんだとか。私にも「よかったらりんご食べない?」と、サービス精神に溢れるお母さん。「どうぞ」でも嬉しいけれど「よかったら食べない?」という控えめな言葉で優しさをくれるお母さんの丁寧な振る舞いに、ちょっぴり感動してしまいました。
こうしてお客さんとのコミュニケーションを絶やさず、体調面まで気にして声をかけている姿は、まるで地域の栄養士さんそのもの。常連さんが絶えないのにも納得です。
ささっとりんごの皮をむいてくれたお父さん。お礼を伝えると「いやいや」と目尻にシワを寄せて照れくさそうに笑っていました。
変わりゆくその道の途中で
朔日町で55年。1970年代の八戸中心街は、大型百貨店や映画館や喫茶店、飲食店が立ち並ぶ、商業と娯楽の中心地でした。八戸には喫茶店がそれほど多くない印象でしたが、かつてはもっとあったのだと、数々の取材を通して教えていただいています。映画や音楽、本や芸術など、さまざまな文化が密接に重なり合う中心街。きっといろんな方の憩いの場として、喫茶店があったのだと思います。
変化が著しい中心街ですが、変わりゆくその道の途中で、当時の面影が守られたお店が残っているということは、地域の歩みや文化を今に伝える貴重な存在なのではないでしょうか。
夜明けから夜更けまで、「おはよう」と「おやすみなさい」が交差する〈スナック喫茶道しるべ〉。今度は「おはようございます」と言って、朝ごはんを食べにいきたいです。