天井いっぱいに名刺。〈洋酒喫茶プリンス〉の“DEEP八戸”入門ガイド。【長横町れんさ街】

1957年に長横町れんさ街でオープンして以来、八戸市民に愛されてきた老舗バー〈洋酒喫茶プリンス〉。一見して入りにくそうな外観とは裏腹に、名物マスターが優しく迎えてくれ、カクテルは500円と明朗会計。「蕪島」や「種差」など八戸をモチーフにしたオリジナルカクテルが豊富だ。プリンス未体験のあなたに贈る、プリンス入門ガイド。

writer
栗本千尋-chihiro-kurimoto
『はちまち』編集長。1986年生まれ。青森県八戸市出身(だけど実家は仙台に引っ越しました)。3人兄弟の真ん中、2人の男児の母。旅行会社、編集プロダクション、映像制作会社のOLを経て2011年に独立し、フリーライター/エディターに。2020年8月に地元・八戸へUターン。

Twitternote

これさえ読めばあなたも常連気分! “プリンス未満”の人に伝えたい、プリンスの楽しみ方。

八戸には二種類の人間がいる。

“プリンスに行ったことのある人間”と、“プリンスに行ったことのない人間”、だ。

……と言うと誰かに怒られそうだが、ともあれ八戸の街を語るうえで〈洋酒喫茶プリンス〉の存在は欠かせない。

昭和20年代後半から形成されてきた“長横町れんさ街”でも古参のお店のひとつで、昭和32(1957)年にオープン。以来、市民に愛されてきただけでなく、県外のファンも多い。八戸のおすすめを訊ねると、必ず名前が挙がるスポットだ。

夜になると暗闇にピンク文字の看板が妖しく灯り、お店へと誘う。

“一見さん”も優しく迎えてくれるバーなのだが、外からお店の中が見えないこともあり、初めての人は躊躇するかもしれない。そんなわけで、まだプリンスに行ったことのない“プリンス未満”の20代を、プリンス常連が案内することにした。

 

プリンスの楽しみ方(1):名物マスターに会う。

店内に足を踏み入れると、天井一面が“名刺の海”(いや、“名刺の空”?)で、昭和のころから変わらぬ原色カラーの照明が店内を照らす。
インパクトのある店内のなかにいても目立つのが、オールバックにド派手なシャツを着こなす、マスターの佐々木良蔵さんだ。


シャツを選んでいるのは、妻でありお店のママである幸代さんだという。

「毒みたいなデザインのシャツをどんどん買ってくるんです(笑)。着ないと『捨てる』って言うから何でも着るようにしてます」と話すマスター、め、めっちゃ尻に敷かれてた……。

ちなみに、マスターは緑色が好きなのだが、お客さんに「田舎くさい」と言われて以来、10年くらい着なかった時期があるそうだ。意外とナイーブでもあった。

マスター、じつは2代目で、なんと元自衛官。遊びに訪れたときにプリンスに魅了され、自衛官をやめて「ここで働きたい」と先代に直談判したのだという。

そこに出入りしていた娘さんに一目惚れし、結婚に至るわけだがそれが今のママ。いい話!

 

プリンスの楽しみ方(2):500円の“八戸カクテル”で八戸の文化や名所をぐるり。

老舗バーというと、「お高いんでしょ……?」という印象があるが、プリンスではカクテル一杯500円の明朗会計(ビールやシングルモルトウイスキーなど、一部除外あり)。

なかでも人気なのが、八戸にある地名や郷土芸能などをイメージしたオリジナルカクテルだ。

こちらは、300年の歴史を持ち、国の重要無形民俗文化財にも指定されている八戸三社大祭の山車(だし)から着想を得た「神社エール」シリーズ。

山車は大きく分けて4つの類型があるが、左から、海を舞台とした「波山車」、大きな門や城を取り入れた「建物山車」、滝や松などが配された黒い岩山の「岩山車」、赤い欄干で四方を囲んだ「高欄山車」をイメージ。

一杯500円で、うち100円を八戸三社大祭の山車振興会に寄付するという。

同じく八戸市の伝統として継承されてきた民俗芸能である「えんぶり」は、ピニャコラーダとパインジュースに、フリーズドライのあんずで彩りを加えた。
ちなみにマスターの息子さんが買ってきたフリーズドライなので、あんずかどうかは定かではないそうだ。

ウミネコの繁殖地として知られる国の天然記念物「蕪島」は、ブルーキュラソーで海を表現したジンベースのカクテルで表現。蕪島に咲く黄色い“カブの花”をカットレモンで、“鳥居”をチェリーで演出した。

2015年に社殿が焼失した蕪島神社の再建に役立ててほしいと、「神社エール」と同様に500円のうち100円を募金に充てたことでも知られている。

八戸市から福島県相馬市の太平洋沿岸まで続く「みちのく潮風トレイル」をモデルにしたカクテルは、ジンベースに赤いグレナデンシロップで“日の出”、ブルーキュラソーで“海”を表した。真ん中にある“太陽”はうずらの卵(生)!

司馬遼太郎が「どこかの天体から人がきて地球の美しさを教えてやらねばならないはめになったとき、一番にこの種差海岸に案内してやろうとおもったりした」と讃えた「種差海岸」の天然の芝生は、日本酒とグリーンティーリキュールで模倣。

同じく日本酒ベースで白浜海水浴場のあたりをイメージした「白浜」。

お通しとして提供される「こざかなくん」はサクサクのスナック(左)。

水耕栽培のペパーミントがもりもり入ったモヒートも。モヒートブームのあった10年くらい前、お客さんに「マスター、モヒート知らないの!?」と言われ、見よう見まねで作ったのがはじまりだという。

こんなにカクテルが豊富なのに、マスターもママもお酒が飲めず、お客さんからアドバイスを受けながらメニュー開発しているそう。なお、アルコール強め、弱めといったオーダーにも柔軟に対応してくれる。

 

プリンスの楽しみ方(3):カウンターの内側で飲む。

混み合ったとき、プリンスではカウンターの内側も客席に変身!
この日は我々取材班のみだったが、マスターにお願いしてカウンターの内側でも飲ませてもらった。

店内のカウンター下からの出入りも可能だが、「めちゃくちゃ混み合っているときはお店の裏のドアから入店もできる」と常連が言うのでついていく。

お店を出て左手の方向に行くと細道があり、ここから入っていくと裏のドアがある(外が暗いのでブレとる……)。

カウンター内側に立てかけてある簡易イスを出したら完成!

テーブル席のように向かい合わせになれる。現在は感染予防のため飛沫防止のフィルムがかけられているので、安心して飲まれたし。

 

プリンスの楽しみ方(4):“名刺の空”に自分の名刺も飛ばす。

プリンスに入店したときに圧倒されるのが、天井一面の名刺。くまなく探してみたら、知っている人の名前も見つけられるかも?

希望すれば、自分の名刺を残すこともできる。プリンスを訪れた記録に一枚残してみてはいかがだろう。

「誰の名刺が一番最初だったんですか?」とマスターに聞くと、NTT秋田のかたが「どうしても名刺を残したい」と言い出し、許したのをきっかけに、訪れる人が名刺を残すようになっていったという。

市長や街の重鎮などが集まり、ここで重要なことが決まっていたとか、いないとか。大人が交流するためのサロンとしての役割もあったのだ。

独特な世界観のある外観や店内から、“決まりごと”が多そうに思いがちだが、お客さんの声を柔軟に受け入れてきたことにより築かれた世界だった。

 

いつか、プリンスで会いましょう。

この取材のため、私は「カクテルを撮影するし」という名目で5杯飲んだ、空きっ腹で。プリンスにはご飯モノがないので、お腹を満たしてから行くことを強く推奨する。

というわけで、プリンスの魅力を約3,000字でたっぷりご紹介した。プリンスに行ったことのない人も行った気分を味わえただろうか。私はプリンス気分で原稿を書くためにアルコールを飲みながら書いている(正気じゃ書けないぜ)。乾杯!

いつかプリンスで、あなたと本当に乾杯できるときを、楽しみにしている。

はちまちでしか買えない、洋酒喫茶プリンスグッズはこちら
  
公開日

エールを送る

まちのお店を知る

最近見たページ