空に響く祈りの音。〈法霊山龗神社〉の〈法霊神楽〉が繋ぐ八戸の過去と未来。【内丸】

八戸市民であればきっと一度は耳にしたことがある〈法霊神楽〉の歯打ち。毎年8月に開催される八戸の夏祭り『八戸三社大祭』では、多数の権現頭(ごんげんがしら)が一斉に歯を打ち鳴らす「一斉歯打ち」が有名ですね。昔からその姿に憧れていた筆者。今回、夢の歯打ち体験に挑戦してきました! 神楽士たちの練習風景に密着し、その魅力の裏側に迫ります。

writer
こめさん

1995年生まれ。青森県八戸市出身。現在は、夢を探したり落としたり追いかけたりしながら転がり続けている。読書と気ままに絵を描くことが趣味。

権現様(ごんげんさま)を掲げて舞う権現舞(ごんげんまい)が特徴の〈法霊神楽〉。

青森県八戸市内丸に鎮座する八戸総鎮守〈法霊山龗神社(ほうりょうさんおがみじんじゃ)〉。八戸三社大祭の発祥ともされる同神社直属の神楽が〈法霊神楽〉です。

その本質は、神の御霊を慰め楽しませる“御霊和め(みたまなごめ)”。舞を通じてご神徳を高め、災厄を払い、家内安全、五穀豊穣、無病息災を祈念します。

本八戸駅から徒歩5分の場所に位置する法霊山龗神社。

 

八戸の土地とともに──

ここで、少しだけその歴史をご紹介します。

現在の龗神社の宮司、坂本守正(もりまさ)さんの祖母にあたる方は霊能力が強い人物でした。ある日、彼女の夢枕に龗神社の御祭神である“法霊大明神(ほうりょうだいみょうじん)”が立ち、こう告げました。

──「わば、まつってけろじゃ(私を祀ってちょうだい)」

いろいろ衝撃的ですが、法霊大明神が南部弁訛りだったことにびっくりだったそう。

この神様からの不思議な頼みごとにより、本殿裏に立ち誇っていた桜と杉の根本から権現頭(ごんげんがしら)を掘り出し、そのお姿としたことが始まりでした。
その後、紆余曲折あり、1947(昭和22)年ごろから龗神社直属の〈法霊神楽〉として活動。1986(昭和61)年には青森県指定の県無形民俗文化財となりました。

このような経緯から、青森県南地方では極めて珍しい神社直属の神楽組となったんですね。
練習も神社拝殿内で行われており、活動は常に神様とともにあります。

拝殿内で行われている〈法霊神楽〉の練習。

全国的に神楽といえば能のような歌舞や巫女舞のようなものをイメージする方も多いはず。八戸で観る“権現様の歯打ち”は実は少数派のようです。
これは、神仏習合の時代、東北の山伏(やまぶし)たちが権現様を用いて行った〈山伏神楽〉の伝統を受け継いでいるから。八戸にはこの山伏系神楽の団体が複数存在します。

加えて、もう一つ面白い特徴が。
この地域の神楽には、大きく分けて“中山手”と“江刺家手”という二つの舞い方がありますが、〈法霊神楽〉はその両方を継承しているんです。
かつて組が活動の危機に直面したとき、両者を合わせて守り抜いた歴史があるからだそう。

八戸という土地だからこそ生まれた独自の歴史と物語がある。
知れば知るほど面白すぎて、深堀りすると地球の裏側まで行ってしまいそうなので、今回はこの辺で!

 

三社大祭で遊ばせる権現様

取材した6月から7月は、八戸三社大祭に向けた練習をしていました。

過去の八戸三社大祭での〈法霊神楽〉。

八戸三社大祭で観られる“一斉歯打ち”では、悪いものが溜まるといわれる辻(十字路)で舞うことで場を清めたり、権現様が沿道の観客の頭を噛むことで邪気を払う“身固め”を行います。
また、各家庭から預かった権現頭でも歯打ちをします。これを“遊ばせる”といい、権現様はたまに遊ばせないと苦しんだり祟ったりするため、遊ばせることでそのお力を高め邪気を祓うのだそう。

八戸市中心街の〈ポータルミュージアムはっち〉には、〈法霊神楽〉の一斉歯打ちをモチーフとしたからくり時計があります。

 

歯打ち体験で感じる伝統と精神

筆者の歯打ち体験、ワクワクから始まりましたが一筋縄ではいきませんでした。

練習の始まりと終わりは、必ず神様への挨拶を。

神様に見られていると思うと筆者も自然と背筋が伸びます。

数ある舞のうち、三社大祭で披露している舞は、権現様を用いる権現舞(ごんげんまい)と呼ばれる舞の一部です。
最初の練習は、一斉歯打ちでおなじみ、『カッ、カッ、カカカッ、カカカッ、』で始まる“三本頭(さんぼんがしら)”。

“三本頭”の練習。

権現様を持った左腕を、耳につけるように目いっぱい高く掲げ、右手で跳ね上げるように打つのですが、これがなかなか難しい……!
左腕を上げ続け、かつ握りすぎない力加減が求められますが、疲れてくると肘が曲がる筆者。

軽々と持ち上げているように見える子どもたち、す、すごい……!

次は、“モウダリ”と“青柳(あおやぎ)”。
“モウダリ”、響きが独特ですが、〈法霊神楽〉は口頭伝承により受け継がれた語源が不明なものも多いそう。

“モウダリ”の練習。

“青柳”の練習。

腰と頭を低く落としたり、徐々に屈伸のような体制までかがむ所作の“モウダリ”と“青柳”。
本番は、この“三本頭” “モウダリ” “青柳”の三つを、掛け声に合わせさまざまな順序で連続して舞います。

体がガチガチに硬い筆者。
4回連続したときには、全身が悲鳴を上げ腕をまっすぐ挙げられず、見るに堪えられない舞に……。
あらためて神楽士のみなさんの体幹と精神力の凄さを痛感しました。

 

権現様のまなざし

練習中、ヘロヘロになりながら、ふと横を見ると権現様が。

棚に並ぶ権現様。

権現様は神様の仮の姿とされています。
よく見ると、鼻先に模様があるものとないものが。〈法霊神楽〉の権現様は、鼻に剣のようなものがあるのが男性の神様、ないものが女性の神様と分類されるそう。
そしてどの権現様も、鼻の穴がしっかりと空いています。なんでも、権現様の御霊は鼻の穴を通ってその身に降りるのだとか。

練習中も、権現様に宿る神様が、その様子をじっと見ているかもしれません。

 

若き神楽士たちの思い

師匠は子どもたちに、権現様という“神様”を扱うことの重みや、観客の心に寄り添うことの大切さを何度も説きます。その言葉は時に厳しくも、小さな子どもたちは涙をこらえ元気に「はい!」と返事をして立ち向かいます。
そんな師匠の精神を受け継いだ頼もしい若手神楽士たちを練習の様子とともに紹介します。

力強く太鼓を叩くのは、現在中学3年生の上村さん。好きな舞は、お面をつけキビキビした所作で舞う『山の神舞』。

上村さんが神楽に興味を持ったのは、なんと3歳のころ。スーパーで買った獅子舞のおもちゃでずっと遊んでいたそうで、それを持って〈法霊神楽〉の見学に行ったのがきっかけだそう。

「本来あるべき神楽を伝承していきたい」というお師匠さんの言葉を胸に、真剣に練習に励みます。

子どもたちの前でお手本となる町屋さん。好きな舞は、『鶏舞』。二羽の雌雄の鶏が羽を広げ飛ぶように舞うところが好きとのこと。

現在19歳の町屋さんが神楽の世界に入ったのは、小学4年生のとき。部活動で神楽を観てかっこいいと思ったのがきっかけでした。
「舞に込められている物語や歴史を感じながら楽しんでもらいたい」
そう語る練習中の姿は真剣そのもので、いつもの親しみやすい町屋さんとはまた違う姿。子どもたちにとっても、頼もしいお手本です。

歩行練習中、道を祓い清めながら行列を先導し舞の合図を送る“別当”を担う小笠原さん(写真中央)。好きな舞は『権現舞』。

小学生のころ通っていたラグビースクールのコーチが神楽士で、その師匠の姿を見て始めたと話す小笠原さん。そんな彼も30代となり組の要に。
「観る人の心を晴れやかにするよう祈りを込めて舞っている。師匠のようにいつまでも初心を忘れず、謙虚でありながら堂々とした舞を目指しています」と話してくれました。

子どもたちの姿勢や歩幅をチェックし、ときに寄り添って教えてあげる大西さん。好きな舞は『権現舞』。

小さい頃から神楽士の父親の姿を見て育った大西さん。飽きられても困るとすぐにはやらせてもらえなかったようですが、小学2年生でようやく念願が叶い、それから20年以上続けてきました。
「神様の御霊を和め楽しませられるよう自分も楽しむようにしています。神事としての自覚を持ち、手を合わせてくれる方々のさまざまな思いに応えるため、より良いものを届けたい」
父親をはじめとする偉大な神楽士師匠の背中を見て、良いところを吸収していきたいと話す大西さん。その言葉通り、子どもたちが目標とする背中をしっかり見せてくれています。

 

季節を巡る祈り

2024年『JR東日本の観光列車〈ひなび〉の八戸駅出発セレモニー』に奉仕した際の写真。舞を終えた子どもたちの笑顔が素敵です。

〈法霊神楽〉は年間を通じて活動をしており、定例的な神社行事の他、出張奉仕なども行っています。
特に重要なのが、例年5月に龗神社で開催される『内丸法霊山まつり』での法霊神楽祭。

過去に行われた法霊神楽祭での権現舞。

三社大祭が災厄を祓う清祓い(きよはらい)を目的とするのに対し、法霊神楽祭は神様に奉納することが目的です。
現在伝承されている数多くの舞のうち、権現舞だけでなく、“山の神舞”、“三番叟(さんばそう)”、“鶏舞”など約9種類の舞が奉納され、どなたでも神楽殿前にて拝覧が可能となっています。
他にも、11月の法霊神楽年越祭、1月1日の歳旦祭などもありますので、気になる方は龗神社のホームページをご覧ください。

 

師匠が語る〈法霊神楽〉の魅力と未来

子どもたちがこんなにも真剣に生き生きと練習に励んでいる。
〈法霊神楽〉の魅力とは一体何なのか──。

龗神社法霊神楽保存会の理事を務め、法霊神楽士歴43年の師匠でもある天摩譲(てんまゆずる)さんへお話を伺いました。

「八戸市民から“ホウリョウさん” 、“オカグラさん”と親しまれ愛されること。諸先輩方から教わった技や舞を次の世代へ繋いでいく。その活動そのものが魅力の一つなんです」

練習後の挨拶で前に立つ天摩さん(写真中央右)。好きな舞は、やはり山伏神楽の重要な舞である権現舞とのこと。

天摩さんは、指導をするうえで、“地域の文化や風習を深く学び伝承することの重要性”と“神事としての自覚”を大切にしているといいます。
礼儀作法を重んじる場は、学校や家庭とは違う学びの場となっており、みなさんは新顔の筆者に対しても自然と挨拶をしてくれました。
中学生のベテランから60代の初心者まで、世代を超えた人々が、神様と互いに敬意を払い練習に打ち込む。その環境が神楽の精神を育んでいます。

一方でその伝承活動には壁もあるといいます。

「進学や就職で地元を離れる子も多いですが、戻ってきて一人でも多く継承してほしい。最近はSNSで事前に知る子も増えたけれど、実際に体を動かし、直接教わることでしか習得できない技や空気感があるんです。」と天摩さん。

練習に参加した筆者、その言葉の重みを肌で感じました。

〈法霊神楽〉は、見学・体験会を月に2~3回行っています。日程は、龗神社のインスタグラムで発信していますので、興味のある方は見学・体験をしてみてはいかがでしょうか。

取材を通して神楽の魅力にどっぷりつかった筆者。
今後も続ける覚悟で、練習に通い続けた結果、今年の三社大祭に出演させていただけることに!
伝統の一部となる覚悟をもち、師匠や先輩方から学んだ精神を宿して、大切に歯打ちをさせていただきます。

 

伝承の最前線を歩み続ける〈法霊神楽〉

「八戸市民に親しまれる守り神“ホウリョウさん”として、心の支えとなるように、我々神楽士は時代が変わっても神事を継承する力を築かなければならない」
〈法霊神楽〉の未来を見据える天摩さんの言葉です。

人々の心の拠りどころ“ホウリョウさん”として親しまれる八戸地域特有の南部山伏神楽〈法霊神楽〉。
権現様の歯打ちの響きに包まれるとき──
神聖な舞を目にするとき──
あなたがいるその空間は、厳しい修行を重ねた先人たちが繋いできた「伝承の最前線」です。

“神祭りそのもの”としての精神を宿した〈法霊神楽〉は、地域の過去と今を繋ぎ、これからも人々の祈りとともに舞い続けていくことでしょう。

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