地域の高齢者が集まる豊かな場を引き継ぐ。〈せんべい喫茶〉から〈喫茶ヘバナ〉へ。【鍛冶町】
八戸出身者や、八戸にゆかりのある方、または一度も来たことのない方でも……。八戸にまつわるエッセイやコラムを寄稿いただく企画です。今回は、〈八戸ゲストハウス トセノイエ〉のオーナーであるスズキミノリさんの寄稿の第二弾。スズキさんが運営する〈喫茶ヘバナ〉についてです。
八戸出身者や、八戸にゆかりのある方、または一度も来たことのない方でも……。八戸にまつわるエッセイやコラムを寄稿いただく企画です。今回は、〈八戸ゲストハウス トセノイエ〉のオーナーであるスズキミノリさんの寄稿の第二弾。スズキさんが運営する〈喫茶ヘバナ〉についてです。
八戸の中心街から歩いて10分、長者山下の「片町」エリア。
ここではかつて、八戸で最初にできたといわれている「片町朝市」が行われていました。
2010年、その長い歴史に幕を閉じてからもなお、朝に営業を続けている八百屋、惣菜屋、喫茶店などがあります。
そのひとつが、私の経営する〈喫茶へバナ〉。
もともと同じ場所で30年以上続いた〈せんべい喫茶〉の常連客を引き継ぎ、2023年12月に開業しました。
地域の方々に加えて、トセノイエの宿泊者や地域の若者も来店します。
メニューは、コーヒー、紅茶、甘酒、コーンスープ。一番人気のコーヒーは、〈せんべい喫茶〉時代と変わらぬ味。各300円と、地域の高齢者が毎日通える金額にしています。その他、〈せんべい喫茶〉を営んでいた〈上館せんべい店〉さんのごま・豆せんべいを提供。
昔の雰囲気を残したままの内装に、常連さんが自分の描いた絵や書を自主的に展示しています。
朝6時半の開店とともに、一人、二人とお客さんが増えていき……7時前にはお店が超満員に。小さなお店に、土日では朝の2時間で30名以上が来店することも! 〈せんべい喫茶〉時代からのお友達同士が日常的にお店に集まり、昔と変わらない安心できる空間でおしゃべりを楽しんでいます。
いつも私の背中を押してくれる、大変お世話になっている常連客の方々です!
先述の通り、〈喫茶へバナ〉はもともと同じ場所にあった〈せんべい喫茶〉の常連客を引き継いだものです。
1991年、八戸市鍛冶町にある〈上館せんべい店〉の上館さんご夫妻が片町朝市の一角にオープンしました。小麦と水、粗塩だけで作られた「てんぽせんべい」が名物。シンプルですが、その塩加減がちょうどよく、上館さんによる手焼きの温かさと相まって、とてもおいしくてほっこり。当時、てんぽせんべいとコーヒーで、250円で販売されていました。
私はそんなせんべい喫茶が大好きで、トセノイエの宿泊客を連れて頻繁に通っていました。来店するといつも常連客で賑やかで、店の中に入り切らずに外で飲食をしていたお客さんも!
閉店直前のせんべい喫茶。超満員です。
お客さんのほとんどが常連さんで、かつほとんどが70代以上という少し閉鎖的な場ではありますが、そのコミュニティは私のような移住者や、トセノイエに泊まっている県外の方をも受け入れるしなやかさもありました。「どちらから来たの?」から始まって、そこは行ったことある、住んだことある、行ってみたい、からだんだんと会話が広がっていき、八戸の見所や歴史も詳しく教えてくれます。説明しているうちに「何言ってるかわかるか? これでも日本語しゃべってるんだ、ハハハ」と上館さん。ユーモアも交えて話してくれるので、本当にみなさんに愛されています。
常連客は、若者や県外から来た人と話すのを楽しんでいる。
またせんべい喫茶には、八戸のレジェンドたちが集まっていたのです。老舗せんべい店のご夫妻はもちろん、郷土芸能「南部手踊り」の名人で県知事にも表彰された方や、趣味で描く絵のレベルが高すぎて季節ごとに店舗に絵を飾ってくれる方、定年後にパラグライダーを始めて77歳になった今でも飛び続けている方、流鏑馬の名人、間違えてサッカー選手になるところだった方、今でも現役で会社を経営している方、卓球の世界大会でヨーロッパや南米を飛び回っていた方……などなど。こうした人生の先輩から学ぶことは多かったし、朝早くからたくさんのエネルギーをもらうことができました。上館さんはこの場のことを「生きた事典」のようだったと話します。毎朝のようにここに集まり、いろんな分野に長けた方達と情報交換をし、常連さん同士でも学び合っていたとのことです。
そんな懐かしく、心地のいい場所で、地域の方々とのつながりの温かさを感じ、来店した誰もがせんべい喫茶の虜になりました。地域の宝のような場所でしたが、たくさんの方に惜しまれて、2023年11月、33年の歴史に幕を閉じたのです。
閉店直前、常連客の一人に朝喫茶をやらないかと聞かれ、そこから本気でせんべい喫茶の常連客の居場所を取り戻すことを考え始めました。さまざまな条件も揃い、地域の20〜30代の仲間にも助けられ、12月には別の場所で間借り営業、そして2024年4月には元のせんべい喫茶と同じ場所で営業を開始することができました。
いい仲間に恵まれ、間借り営業、移転再開することができました。 photo by mamo
これまで1年間、〈喫茶へバナ〉の運営をしてきましたが、正直まったく簡単ではありません。朝は早いし、ドリンク300円と儲からないし……。常連客、大家さん、従業員など地域の方との関係性を良好に保つために、さまざまな配慮もしなくてはいけません。
ですが困難に直面したときに、〈喫茶へバナ〉を開業した時の思いに立ち返るのです。
お年寄りの居場所を守りたいのはもちろんですが、私はより多くの観光客や、地域に住む若者に〈せんべい喫茶〉・〈喫茶へバナ〉の価値を感じてほしいと思い、お店を続けているのです。
いくらお金を払っても買えない“人とのつながり”や、何年もの歳月が経たないと生まれない“場の豊かさ”、人々が紡いできた“文化”。利潤を追求する資本主義の世の中では消えてしまいそうな小規模事業は、価値がないと捉えられてしまいがちです。ですが、いったんなくなってしまうと取り戻すことは難しく、心の中にぽっかりと穴があいてしまうような寂しさもあります。経済の物差しでは評価することができない、人々の日常生活にとって大事な場所であり、文化的価値が〈せんべい喫茶〉・〈喫茶へバナ〉にはあると思うのです。
そのような価値に触れたとき、「八戸って面白い」「八戸にまた行きたい」「南部弁っていいな」と、誰もが思うはずです。儲からなくても、どんなに小さくても〈喫茶へバナ〉を続けていくことで、共感の輪を広げることができ、八戸の街に対する思い入れの強い市民が増えていくと思うのです。
みなさんもぜひ一度来店し、その良さを体感してみませんか。