魚屋にシフォンケーキ!? 創業100余年の老舗〈福真〉の謎に迫る。【六日町】
“肴町(さかなまち)”と呼ばれたのも今は昔。かつては多くの鮮魚店が軒を連ねた六日町に唯一現存しているのが、創業100余年の老舗〈福真(ふくしん)〉だ。なんとこちら、シフォンケーキが名物になっているという。魚屋でシフォンケーキを売っているのはなぜなのか? お店の方に聞いてきた。
“肴町(さかなまち)”と呼ばれたのも今は昔。かつては多くの鮮魚店が軒を連ねた六日町に唯一現存しているのが、創業100余年の老舗〈福真(ふくしん)〉だ。なんとこちら、シフォンケーキが名物になっているという。魚屋でシフォンケーキを売っているのはなぜなのか? お店の方に聞いてきた。
みろく横丁や、いわとくパルコが面する六日町。それらの建物の、通りを挟んでちょうどその向かいにある〈福真〉は、1913(大正2)年創業と伝わる老舗鮮魚店だ。
一方通行のバス通りを進行方向に見ると、道路左側にあるお店である。
近づいていくと、いろんな海産物が並んで……んん?
「ムキフグ1本 ¥100」、「とげくりカニ1ビ ¥350」と手描きの値札が並ぶなかに、しれっと紛れ込んでいる「バナナシフォンケーキ ¥230」。
しかも、魚の切り身や刺身などを入れるパックにのせられている。
近くに並ぶ刺身のパックたち。
バナナシフォンケーキちゃん、もしかしたら自分のこと刺身だと思ってるかもしれない。
一体なぜ、魚屋さんでシフォンケーキを売ることになったのだろう?
その謎を解明するため、我々調査隊はフクシンの奥地へと向かったーー。
〈福真〉の3代目店主であり社長の福田充宏さんに、「シフォンケーキの誕生秘話を聞きたいんですが……」と話しかけてみる。
手を止めさせてしまってスミマセン!
「誕生秘話〜〜? いつから店に出してたべ、わがんね。あのフワフワ感が出ないっていうんで、うまくいくまで何回も試作を食べさせられたよ(笑)。あるとき、浜がしけて魚がないからって、魚入れるパックにケーキを入れて出してみたのよ。そしたら店の前を通った人が買ってくれて。誕生秘話っていうなら、焼いてる本人さ聞いてみ」
と、紹介されたのが妻・まさ子さん。バナナシフォンケーキを焼いているご本人だ。
シフォンケーキ1ホール!
「お菓子教室の先生をやっているお友達がいるんだけど、その方が作るシフォンケーキがおいしくて。これなら私も作れるかなと思って、作りはじめたんです。最初は、お付き合いのある方に差し上げたり、パーティーに持っていこうというつもりでね」と、まさ子さん。
しかしながら、当初はなかなかうまく焼けなかったため、お菓子の本を買ってきて研究を重ねたそう。「試作を何回も食べさせられた」という社長の話はどうやら大袈裟ではないようだ。
1/8カット2個が1パックになって売られることが多いが、1ホールのまま店頭に並ぶことも!
「8年くらい前から、お店でシフォンケーキを出すようになって。フィリピン産の軟らかいバナナを使っていたんですけどね、オーブンを買い変えてから失敗しやすくなって、エクアドルやメキシコ産の硬めのバナナを使うようになったの」
シフォンケーキのフレーバーは、バナナオンリー。
バナナと小麦粉、砂糖、ベーキングパウダー、サラダオイルを材料に作っていると教えてくれた。黄身と白身を別仕立てしているし、焼き上がったら逆さまにして粗熱をとり、そのあと3時間冷やしている。とっても手間がかかっているのに、値段は1ホール900円、1/8カットの2個入りが230円と、超破格。「ほとんど商売にならない」と笑う。
だって、1/8カット1個で115円だよ……? バグが起きたの?
「毎日、ケーキの出来が違うから、焼くのが楽しみなの。朝、ケーキを2個焼いてから魚屋さんになるんです」
魚屋としてケーキを焼いているというよりは、ケーキ屋さんから魚屋さんへ、一日の間にジョブチェンジしているみたい。
買ったシフォンケーキを手でちぎろうとすると、「ショワショワショワショワショワ」と音がする。
見て! 持つだけで指がめり込むよ! 低反発まくらかな?
食べると、ふわっふわ。舌触りが優しくて、甘すぎないので食べ飽きることはなく、バナナの風味が感じられた。
まさ子さんは三戸出身。ご実家で作っているというりんごジュースも、店内で売られていた。
六日町にある〈福真〉は、現社長の福田充宏さんの祖父・真太郎さんが創業。「福」田「真」太郎のお店だから〈福真〉。明快!
三社大祭の山車の写真が大きく掲げられた看板が目印。東北新幹線の八戸駅が開通した年に掲げたという。向かって右側の壁にはえんぶりの大きな写真の看板もあるが、それは充宏さんが祭り好きだからだ。
創業は1913年と伝わっているが、1908年との記録もあるという。もはや5年の差なんてどうでもよくなってしまいそうなほど途方もない年月にわたり、この地で魚屋を営んできた。ここは充宏さんの生家でもあるが、昔のことをこう振り返る。
「子どものころは、六日町の通りもコンクリートじゃなくて土だったから、車が通るたびに砂埃がすごくて、魚にかからないようにって水まいてね。除雪機もない時代で、雪が降った日にゃ、雪で階段つくって家に入ったもんだよ」
身振り手振りで伝えてくれている間、片時も包丁を手離さない社長。
「隣が豆腐屋だったんだけど、その隣も、その隣も魚屋で、ずらーっと並んでいたの。親父のころには、東京や仙台から魚を仕入れたこともあったくらい、激戦区だった。それが今じゃうちだけになってね」
そうやって少し寂しそうに語る充宏さんに、こんなにも長く続けられた理由について聞いてみると、「なんも、頭悪いから魚屋しかできなかっただけ」と、とぼけるが、取材中もお客さんがひっきりなしに訪れていた。
一匹まるまるの“丸魚”も、切り身も売っている。
100年以上、この地に根付く〈福真〉は、街の食卓を支えてきた。中心街にある料理店や、お寿司屋さんが食材を仕入れにくるのも日常のこと。
「常連になってくれているお店さんの買うものはだいたいわかるから、できるだけ切らさないようにしています」と話すのは、充宏さんの甥の真承さん。〈福真〉の4代目だ。八戸の第二魚市場にその日並んだものから目利きし、毎朝買い付けているという。
「朝せりは6時半からだから、だいたい5時起き。遅くなったら6時15分起きだね」。
起きてから15分で市場まで行くの、すごい……。魚屋の鑑だ(?)
働いているみなさん、テキパキされていて見惚れる。
スーパーマーケットに行けば、パックに入った切り身を手軽に買えてしまう現代だけれど、〈福真〉には昔ながらの丁寧なコミュニケーションがある。
常連客である絵画の先生が描いたという魚類の絵。購入していった魚を描いてプレゼントしてくれたことから交流がはじまり、現在では魚と絵の物々交換をすることも。
食べ方がわからない魚があったら、聞いてみると教えてくれるし、丸魚を切り身にしたいときは、さばいてくれる。その上、持ち込んだ魚でもさばいてくれるという。
「魚を持ち込んだ場合、手数料はいくらかかるんですか?」と聞くと、「別にとってないね」とのこと。買った魚をその場でさばいてくれるサービスは聞いたことがあるが、よそで買った魚もさばいてくれるって、まじか……。
慣れた手つきで、あっという間にさくどりする社長。
店頭にある水槽には活きたアワビも。
家業として成り立ってきたお店などは、後継者がいないことにより廃業してしまうことも多い。しかし〈福真〉では、4代目夫妻と、従業員のみなさんの協力もあり、その点は安心できそう。こうして、今日も街の食卓を支えている。
みなさんありがとうございました!
丁寧なコミュニケーションと、堅実な目利き、そして、魚のパックに入ったシフォンケーキを求めて、一度は訪れてみてほしい鮮魚店だ。