おでんが一本30円〜! 鯛焼きとおでんと人情が温かい〈あんどう鯛焼き店〉は冷え込み厳しい八戸の冬のオアシス。【八日町】

昭和41年創業の〈あんどう鯛焼き店〉。緑の屋根と赤いのれんの奥には、少しシャイな姉妹が作るほかほかの鯛焼きとおでん、ノスタルジックな空間が待っています。作り方、味、値段、そして人情。変わる時代の中で変わらないものを求めて、あるいは新鮮な期待を込めて。老若男女がのれんをくぐります。

writer
馬場美穂子-mihoko-baba
青森県八戸市出身、在住。タウン情報誌編集を経て2007年、ブランドショップ販売員、環境教育講師などをしながら執筆活動開始。2011年、八戸ポータルミュージアム はっち開館企画『八戸レビュウ』参加をきっかけにフリーライターを名乗る。おもに青森県~岩手県北の人・企業・歴史を取材し各種媒体に執筆するほか、地域のアートプロジェクトに参加するなどフリーダムに活動中。三姉妹の末っ子にして三姉妹の母、重度のおばあちゃん子。

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しっかり甘い粒あんの鯛焼きと、ダシが染み出す熱々おでん。テイクアウトもイートインも。

オフィスビルや銀行、立体駐車場が建ち並ぶ谷間に建つ小さなお店。赤いのれんと手彫りの木の看板だけが周囲の近代的な風景に溶けこまず、かえって目を引きます。
引き戸を開ければ心地よい湯気、それからダシのきいたおでんの匂い。〈あんどう鯛焼き店〉は冷え込み厳しい八戸の、冬の小さなオアシスです。

メニューは鯛焼きとおでん、数種類のペットボトル飲料だけ。串に刺さったおでんは1本30~80円(税込)とお手頃価格で、湯気をたてるおでん鍋から好きな具材を選んで注文します。2坪ほどの店内には小さなカウンターと椅子があり、持ち帰りも店内飲食も可能です。

長い間、注ぎ足しながら育ててきた味わい深いダシが、具材を噛みしめるたびにジュワーと染み出し、口いっぱいに広がる。思わず熱燗も注文したくなるシチュエーションですが、こちらは10時過ぎ~夕方5時頃までの営業で、アルコールはないのでした。残念!

こんなに食べても290円(税込)。

さて、しょっぱいものの次はやはり甘いもの。看板メニューの鯛焼きは1個120円(税込)です。

保温用の容器から取り出した鯛焼きは、まだほんのりと温もりが残ります。

皮はふわふわ。尻尾まで入った粒あんは当世流行の「控えめ」ではなく、しっかり食べ応えのある甘さです。

一方、焼きたては皮がサクサク。熱々のあんがとろけるおいしさです。あち、あち、と左右の手を順番にひらひらさせながら口に運ぶのも、焼きたての醍醐味。

焼きたて鯛焼きから立ち上る湯気、見えますか?

鯛焼きは開店前後から焼き始め、一定量を保温容器に入れてスタンバイ。品切れにならないよう、その日の売れ行きを見ながら追加で焼いていきます。確実に焼きたてを味わうなら、開店直後に来て店内で食べるのがおすすめ。それ以外の時間帯では、焼きたてに当たればラッキー!

持ち帰りの場合は、レンジでチンした後にトースターやオーブンで軽く焼くと焼きたての食感に近づきます。また店主の黒田さんによれば、「油で揚げるとドーナツみたいでおいしい」とか。

常連客の中には買った鯛焼きを自宅で冷凍し、知人に郵送する人もいるといいます。

 

まちなか生まれ、まちなか育ち。姉妹店主のおもてなしは“南部衆”そのもの。 

姉の黒田競子さん(左)と、2歳下の妹、亀井満美さん。

店を切り盛りするのは黒田競子(きょうこ)さん、亀井満美(まみ)さん姉妹。八日町生まれ、八日町育ちの二人です。両親ときょうだいたちとともに、現在、お店が建っているまさにその場所で暮らしていました。

姉妹が10代だった昭和41年、自転車店を営む父の集客を助けようと母が開いたのが、〈あんどう鯛焼き店〉です。
時は高度成長期の真っ只中。東京オリンピック開催と同時に新産業都市に指定された八戸のまちは賑やかで、店は大忙しだったといいます。

開店から15年後の昭和56年、父が死去。それぞれの道を歩んでいた姉妹は、これを機に母とともに店に立つようになりました。そして母が亡くなった今も、のれんを守り抜いて40年…などと書くと、二人に「やめてよ!」と叱られそうです。

なぜなら二人はとても“南部衆”らしい姉妹だから。

奥羽山脈を境に日本海側が津軽地方、太平洋側が南部地方と大きく分かれている青森県では、地方によって方言はもちろん、文化や気質も違うといわれます。昔から“津軽のじょっぱり”と言うように強情な反面、陽気でフレンドリーな“津軽衆”。おっとりとして照れ屋、引っ込み思案な“南部衆”というように。

津軽衆とも南部衆とも接してきた筆者も、上記の説には頷ける部分がおおいにある。その上で言わせてもらえば、〈あんどう鯛焼き店〉の店主姉妹は古き良き“南部衆”です。

それはたとえばこんな具合。

筆者「鯛焼きおいしいですね! 生地にこだわりとかあるんですか?」
姉妹「ないよ」
筆者「あんこの甘さがしっかりしててちょうどいいな~。どうやって作ってるんですか?」
姉妹「いや普通だよ。あんこ屋さんが持ってくるだけ」

近年、1個ずつ焼く鯛焼きを“天然”、5~6個一気に焼き上げるものを“養殖”と焼き型のタイプで呼び分けることがありますが、あんどう鯛焼き店はその中間といえそう。1列に2個ずつ配置された焼き型はすでに製造が停止されており、大切に使っています。

「あん切り」で均等にあんを落とし入れる熟練の技。

再び生地を落としたら型の上蓋を閉じ、間もなく完成。 

実際には、ミックス粉を泡立て器でかき混ぜるだけの生地を使う店もある中で、姉妹は25キロの粉を手でこねて生地を作っているし、あんこは中心街の老舗製餡店に昔の味をイメージしてオーダーした専用品。おいしさの裏付けはきちんとあるのですが、決して努力は明かさず、自らをポジティブに評価しない。それが南部衆のかたくななまでの奥ゆかしさです。

接客もまさに南部衆。満面の笑みや、元気な声を出したりなどはしません。スマイルゼロ円! とばかりの今風なサービスに慣れている人には、そっけなくすら感じられるかもしれません。

しかしそれは、南部衆気質が要因であって、決して歓迎していないわけではありません。そしてこの距離感、店主も客も無理に楽し気にしなくてよい距離感が、慣れれば心地よさに変わったりもします。

現に、筆者が滞在していた1時間ほどの間にも、常連とおぼしき人が幾人も訪れました。

バーの常連客か何かのように「いつもの」とおでん3本セットを注文し、最後はぴったりの額の小銭を置いて立ち去る老紳士。

いきなり「3個ね」とオーダー方法が常連感満載。鯛焼きを包んでもらいつつ、「寒いねぇ。俺の懐と一緒!」とジョークを飛ばす壮年の男性。

鯛焼き6個をお買い上げした20代のおしゃれ女子は、このところ定期的に立ち寄るそうです。

 

身も心も寒さが染みる人に、熱々のおでんを。ほろ苦さを知る人に、甘い鯛焼きを。

「やる気?ないな~い(笑)」
「(店を)いつまで続けるか分からないしね」

ゆるくトークしている姉妹を横目に街行く人々を眺めていると、心底ホッとします。一歩外に出れば寒風が吹き、現実が待っているのは分かってる。だから今だけ、身も心も寒さが染みる人に、熱々のおでんを。ほろ苦さを知る人に、甘い鯛焼きを。

500円でけっこうお腹いっぱいになる昭和的価格帯も魅力。どんな人にも平等にそっけなく、そして優しい南部衆が営む〈あんどう鯛焼き店〉は、やっぱり、八戸の冬のオアシスです。 

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