種は風に運ばれ、時代を超える。〈八戸市美術館〉で『風のなかを飛ぶ種子 青森の教育版画』を開催中。
2024年10月12日(土)~2025年1月13日(月・祝)まで〈八戸市美術館〉で開催されている『風のなかを飛ぶ種子 青森の教育版画』。本記事では、教育版画の起源やタイトルの種子の意味を紐解きながら、本展の紹介をしていきます。戦後の人々の祈りが、現代の私たちのもとまで届いていました。
第一次世界大戦前の華やかで享楽的な雰囲気にあふれた時代のパリでは、さまざまなものが新しく誕生していました。後世になり、人々はその時代を「ベル・エポック(美しい時代、良い時代)」と呼ぶようになります。そんな時代を生きたロートレックや当時の画家の作品は、見るだけでワクワクするようなものばかりです。その一方で、ロートレックの生い立ちを知ることで感じる寂しさもありました。市民待望の西洋美術展、ぜひ多くの方に、お楽しみいただきたいです!
市民待望の西洋美術がついに〈八戸市美術館〉にやってきました! その名も『ロートレックとベル・エポックの巴里-1900年』。
ははーん。
……アート初心者のオラ、タイトルだけじゃ何のことかさっぱりわっかんねぇぞ!!
というわけで、今回の記事では、筆者と同じようなアート初心者の方でも分かるように、本展の背景やチェックポイントをお伝えしていきたいと思います。さらに、今回の展示の世界観を体感してもらうための共創企画も多数開催されています。そちらについても紹介していきます!
展示を見に行く前の手引書として、参考にしていただけたら嬉しいです。
まずはタイトルの謎(?)から紐解いていきます。『ロートレックとベル・エポックの巴里-1900年』の「ロートレック」とは一体何のことなのでしょうか?
「ロートレック」とは、人物の名前で、正式名称を「アンリ・ド・トゥールーズ = ロートレック」といいます。1864年にフランスの大貴族の息子として生まれたロートレックは、幼少の頃から美術の才能を発揮すると、父の友人に才能を見出され、個人レッスンを受けていました。
左手前の人物がロートレック。
しかし、13歳と14歳の頃に二度事故に遭い、下半身の成長が止まってしまいます。現在では、彼の両親はいとこ同士だったため、近親婚による遺伝子異常も持っていたのではないかと考えられているそうです。大きなハンディキャップを背負ってしまったロートレックは、一般的な活動に参加することができず、さらに芸術活動に没頭していくことに。
その後、パリに住む画家に弟子入りし修行を重ねたロートレックは、学業を終えると画家として独立し、学生時代に知り合った画家たちと展示会を行うなどしていました。友人のなかには、かのフィンセント・ファン・ゴッホもいたのだとか!
画家として活動していた頃、パリに高級キャバレー〈ムーラン・ルージュ〉がオープン。すると、ロートレックのもとに〈ムーラン・ルージュ〉のポスター制作の依頼が届きました。当時、パリの画家の間では、ポスター制作などのいわゆる商業アートは見下されていたのだそう。しかし、ロートレックはそんな当時の共通認識を無視して、ポスター制作を引き受けます。
ここから彼のポスター画家としてのキャリアが始まっていくのでした。
アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《ディヴァン・ジャポネ》1893
この頃からキャバレーに入り浸り始めたロートレック。彼自身が身体障がいがあることで差別されていた経験もあってか、娼婦や踊り子など、いわゆる夜の世界で働くことに差別を受けていた彼女に、ロートレックは深く共感し、愛情のこもった筆致で描いています。
晩年には、アルコール依存症をこじらせ入院。入院中にはサーカスの絵を描いていました。退院後、フランス全土を旅することにしたロートレックでしたが、心身ともに状態が悪化し、1901年に脳出血でその生涯の幕を閉じることになりました。
そんなロートレックが生きた19世紀末から第一次世界大戦が勃発する1914年までのパリを「ベル・エポック」と呼びます。フランス語で「美しい時代、良い時代」という意味です。
産業革命が進み、文化や経済が急激に成長したパリには人口が集中し、大きな百貨店がリニューアルオープンしたことを皮切りに、いろいろな製品があふれ、車が行き交い、まちは大変賑わいました。1900年には約5,000万人もの入場者数を記録した『第5回パリ万博博覧会』が開催され、それに伴い地下鉄も開通しました。
それだけではなく、上下水道が整備されたり、電話が実用化されたり、生活水準が大幅に向上したことにより、市民生活も一変。現代生活の基盤となる大転換を迎えました。
アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《エグランティーヌ嬢一座》1896
また、1830年代にガス灯がパリのまちに登場したことにより、夜も栄えていきました。観劇用の劇場やキャバレー、酒屋といった大衆施設ができ、歌謡ショーやダンスショーが夜な夜な開催され、多くの人で賑わいました。
文化面でも新たな流れが生まれ、「アール・ヌーヴォー」と呼ばれる芸術様式がヨーロッパ中で大流行するほどでした。食料品などの生活必需品から、たばこやお酒などの嗜好品、そしてキャバレーなどの大衆施設まで、ひとりでも多くの人の注目を集めるための宣伝ポスターが発展した時期でもあります。
このように「ベル・エポック」では、文化や経済が大幅に発展したことで、新たなものが誕生し、非常に華やかで享楽的な雰囲気に包まれた時代だったのです。
本展は、3つの章と特別展示の全4コーナーを楽しむことができます。
第一章「ロートレック」。彼独自の鋭い観察眼と動きを的確に捉えたデッサンで描かれた作品は、当時の緻密な西洋絵画とは異なり、異彩を放っていたように見えます。作品と共に彼の生い立ちを感じることもできますが、晩年の作品にはどこか寂しさや切なさを感じてしまいます。
第二章は「ベル・エポックのアンソロジー」。当時、さまざまな商品やサービスを宣伝するためにつくられた商業ポスターは、コレクターが登場するほどの人気アイテムでした。大きなポスターは部屋に飾るのには不便だったため、小さな装飾版画の作品集が人気を博しました。
今回は、そのなかのひとつである『エスタンプ・モデルヌ』より、全100点の作品が展示されており、現代のまち並みに掲示されていてもおかしくないほど、デザイン性に富んだ作品たちを楽しめます。
第三章は「時代を彩った作家たち」。ここではベル・エポック期に影響を受けた作家たちの作品を展示しています。特にエドガー・ドガは、ロートレックが非常に尊敬していた画家で、作品の構図などにも大きな影響を与えたといわれています。動きのあるダンサーや娼婦を題材にした作品も、二人の共通点であり、第一章、第二章で見たロートレックの作品が、より深みを増していくようです。
最後の特別展示では、「ジャポニズム」と題し、同館近隣の〈八戸クリニック街かどミュージアム〉で所蔵している浮世絵をみることができます。
「ジャポニズム」とは19世紀後半から、日本美術がフランスを中心に欧米で大流行し、フィンセント・ファン・ゴッホやクロード・モネなど多くの芸術家に影響を与えた現象のことをいいます。「ジャポニズム」の代表として浮世絵が挙げられますが、くっきりとした輪郭線やデフォルメされた絵柄、大胆な構図は、ロートレックの画風にも一致するところがあり、彼もまた、ジャポニズムに影響を受けた人物だったのです。
実はこの黒いカラスの版画が八戸と深く関係があるのだとか……!?
SNSどころか、スマホも携帯電話もない時代に、私たちの日本文化が海をはるかに超えた西洋の人たちに届いているなんて、感動的ですよね。
先に特別展示を見てから、共通点や親和性を探しながら第一から三章を楽しむ順番でもいいかもしれません。
本展では“共創企画”がたくさん! 〈八戸市美術館〉を飛び出して、まちなかを中心に、ベル・エポック期のパリを彷彿とさせるようなさまざまなイベントが開催されています。
八戸工業大学感性デザイン学部と〈八戸クリニック街かどミュージアム〉が運営するウェブサイト『はちのへヒストリア』による、〈八戸市美術館〉との共創企画で、学生26人が飲食店や画廊など中心街の14店を取材し、各店を紹介するポスターを制作・掲示しています。
ベル・エポック期のパリを思わせるような、おしゃれなデザインのポスターがまち中にずらり! どんなに素敵なポスターがあったとしても、当時のように勝手に持って帰っちゃだめですよ(笑)。
〈八戸クリニック街かどミュージアム〉が主催する「白マドの灯」が主催となり、19世紀後半〜20世紀初頭のパリを舞台にした映画を一気に公開しています。
いつ、どこで、どの映画が公開されているかは、「白マドの灯」公式ホームページでチェックしてみてくださいね。
同展は12月25日まで。紹介したイベント以外にも、中心街と連携したイベントは盛りだくさんです!
もちろん当時のパリとはまったく別物ではありますが、いつかの未来、今の八戸を「ベル・エポック」と呼べるように、私たち自身でまちを盛り上げていけたら嬉しいですね。
作品のグッズもたくさんあります! 帰り道にぜひお買い求めください。
2024年10月12日(土)~2025年1月13日(月・祝)まで〈八戸市美術館〉で開催されている『風のなかを飛ぶ種子 青森の教育版画』。本記事では、教育版画の起源やタイトルの種子の意味を紐解きながら、本展の紹介をしていきます。戦後の人々の祈りが、現代の私たちのもとまで届いていました。
〈八戸市美術館〉では、2024年7月6日(土)〜9月1日(日)の期間中、『tupera tupera のかおてん.』が開催されています。「かお」をテーマに掲げた本展は、見て、探して、貼って、体験して楽しむ企画展。ドキドキ、ワクワク、ニヤニヤが止まらない『かおてん.』を見たあとのあなたは、ありふれた日常のワンシーンがすべて顔に見えてしまうかも!
2024年4月20日(土)〜2024年6月24日(月)まで、〈八戸市美術館〉では二度目のコレクション展となる『展示室の冒険』を開催中。本展では、前回のコレクション展のときには展示されなかった作品たちが並んでいるだけではなく、前回とまったく異なるコンセプトで作品を楽しむことができます。あなたも、〈八戸市美術館〉の冒険にでかけてみませんか?