全国初の“市営の本屋”、〈八戸ブックセンター〉がもたらすものとは。【六日町】

“本のまち”を目指す八戸市、その中心拠点として複合ビルGarden Terrace内にオープンした〈八戸ブックセンター〉。ここは、全国でも初の試みとなる市営の本屋さん。市が本屋を運営する理由とは? あなたを待っている本が、そこにはあるかもしれません。

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なつめ-natsume

1995年生まれ。青森県八戸市出身・在住の駆け出しライター/フォトグラファー。郷土愛たっぷりな3人組『海猫ふれんず』として、八戸圏域の魅力発信を中心に活動中。誰かが守り続けてきてくれた今ある地元を、今度は自分たちが守り、未来へ繋げることをテーマに日々成長していければと思います。

『海猫ふれんず』
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本を求めて地元を飛び出した、学生時代の私。

都心に出かけたとき、学生時代の私は決まって本屋に立ち寄りました。八戸に住む私にとって、大きな本屋の光景は衝撃的なものでした。
地元では見たことのないような、専門的なカテゴリや分厚い図鑑、参考書に私の目は輝き、浮き立つ足でどこまでも続く本棚をぐるぐると回ります。そして、重く大きい専門書をわざわざ旅先の本屋で購入し、胸に抱えて帰りました。

本が与えてくれるものは、スキルアップに繋がるような、今をよりよく生きるためのヒントだったり、全く新たな道を指し示すような地図だったり、時には癒しや慰めだったり。読み終えたときに、途端に世界が一変して見えるようなこともあるでしょう。

本との出会いは、私たちの世界を広げます。

 

豊かな本、新たな世界と出会う場所がこの八戸に。

2016年12月4日、全国でも初の試みとなる、市営の本屋が誕生しました。八戸に本好きを増やし、本を書く人を増やし、本でまちを盛り上げるための『本のまち八戸』の拠点となる公共施設〈八戸ブックセンター〉です。

これまで前例のない市営書店を立ち上げるにあたり、東京・代田にある新刊書店〈本屋B&B〉や、出版社〈NUMABOOKS〉を経営するブックコーディネーターの内沼晋太郎氏をディレクターとして招きました。

オープン時からのスタッフには、民間書店経験者で、なかには他県から八戸に移住し、その能力を八戸のために発揮してくれている人も。地元書店の組合スタッフも運営に加わり、人々に豊かな本との出会いを提供しています。

モダンな雰囲気の館内は広々としていて、天井に届きそうな本棚がずらりと並ぶ光景は圧巻。照明はあたたかいオレンジ色で、上質なカウンターの奥にはシルバーのコーヒーメーカーが置いてあります。なにやらオシャレなホテルかカフェにでも迷い込んでしまったよう。これが本屋さん? と驚いてしまう方もいるかもしれません。

蔵書数はおよそ8千〜1万冊。

小林眞現市長が掲げた政策公約『人づくり戦略-教育プロジェクト』の『本のまち八戸』が掲げられたことにより誕生したブックセンターですが、実はそれまでにも八戸市では、『本のまち八戸』を目指すため、赤ちゃん、小学生を対象にそれぞれブックスタート事業や、マイブック推進事業などを行ってきました。満を持してオープンしたブックセンターは、“大人”が本と出会うための場所なのです。

ロゴを使用したグッズの販売も行っています。

 

市営の本屋ができたワケ。

そもそもどうして市営で本屋を? 
すでにある図書館をさらに充実させることでは駄目だったのでしょうか? 

そんな疑問に答えてくれたのは所長の音喜多信嗣(おときた のぶつぐ)さんです。

所長の音喜多信嗣さん。

「民間書店との違いは、本を売ることが一番の目的ではないということです」

館内を見渡すと、市内の本屋ではあまり見かけない本が目に入ってきますが、売ることだけが目的ではないとはいえ、どうしてこのような専門的な本を多く扱っているのでしょうか?

「多くの大学があり、学生たちがいる都心の本屋には、あらゆる分野の専門書も豊富に取り揃えられています。都心では需要がある貴重な専門書なども、地方では大きな需要がないため“売れにくい本”となってしまいます。そのため、これらの本が地方の本屋から、そして八戸の“まち”から姿を消すこととなってしまいました。“売上に繋がりにくい”けれども、“読んでほしい”本だからこそ、その部分を行政が担うことにしたのです」

“売れにくい本”として、それらの本が八戸から消えてしまうことは、そのジャンルを学びたい人にとって、機会の損失にもなってしまいます。

利用者が今まで携わったことのなかった分野の本や、図鑑、写真集、生きるヒントとなるような本を手に取ることで、新たな世界に触れてほしいと、音喜多さんは話します。

「行政が図書館を運営するのはもう当たり前のサービスです。八戸を『本のまち』にするためには、図書館“以外”の新たな本に関するサービスを行政でやっていく必要がありました。
図書館は市民の誰もが利用でき、無料で本を読める素晴らしいサービスです。しかし借りて読んだらそこで終わってしまう部分があります。手元に置いておけないので、本に関する記憶が残りにくいのです」

〈八戸ブックセンター〉が提案したいこと。それは、“借りて読むだけでなく、最後は本を自分のものにもしてほしい”ということです。そのために行政が本屋を営むというスタイルをとります。

では“本を自分のものにする”というのは、どういうことなのでしょうか?

「本を手に取り、買って、自分の本棚に並べる。そうすると形としての記憶が残りますよね。背表紙を見ただけで、あのときに買った本だ、こういう内容だったと本に関する思い出が蘇る。電子書籍が一般的になってきた時代だからこそ、そんな体験を改めて大事にしてほしいと思うんです。いわゆる“積読(つんどく)”になったっていいので、本に対する思い出を作ってほしい」

そのために、本屋の仕事や出版社、本そのものの作り方についての書籍もブックセンターでは取り扱っているそうです。また、実際に作品を執筆するスペース、『カンヅメブース』があることも特徴的です。

 

本との出会いを提供する仕組みと秘密。

ブックセンターは“本好き”を増やすことをひとつの目的にしていますが、本好きを増やすためにはまず“本を読む人”を増やす必要があります。そのために、馴染みがないテーマでも手に取りやすい選書や陳列の工夫に力を入れているそうです。民間書店で売っているような売れ筋の本ではなく、見つけた人が何かを考えるきっかけとなるようなテーマを考え選書を行います。

「人によって本に対するとっかかりはさまざまです。みなさんの“どこかにひっかかるように”、いかに興味を持ってもらえるかということも考えて棚作りを行っています」と、音喜多さん。

子ども向けのコーナーも。

常設しているのは、人々が生きていく上で避けては通れない、「仕事」「愛」「どう生きるか」「死に関すること」などといった、“人生における普遍的なテーマ”です。テーマについてゆっくりと考えられるように、ハンモックなどの集中できる読書席も多く設置しています。

「海外文学」や「人文・社会科学」、「自然科学」、「芸術」などのコーナーでは、その分野の入口となるような本も置くようにしているんだとか。図解本や入門本、ときにはコミックを読んで、まずその世界を知ってもらう。そして少しだけ詳しく書かれた本を隣に置いておく。そうすると、ますます深みにハマっていってしまう。そんな陳列の仕組みになっています。

「宗教」に関する書籍を集めたコーナーは「いのり」と表現するなど、タイトルにも工夫が。

また、社会情勢や地元のイベント情報にも敏感に、それに関連した書籍を集めて本と一緒に八戸を盛り上げる取り組みも。入荷も定期的というわけでなく、常に情報を集め必要に応じて仕入れを行っています。

音喜多さんは、「民間の地元書店と共存し、ともに八戸を盛り上げていくために。いい本だけど売れにくいから……と民間書店が躊躇するような本もここでは仕入れています」と話します。

 

〈八戸ブックセンター〉が目指すものとは。

「ブックセンターが気軽に立ち寄ってもらえる場所になってほしいと思っています。ゆっくり、のんびりと本に出会ってもらうこと。静かに真面目に過ごさなきゃいけないというわけでもない。中心街を回った後に休憩するためだとか、そんな気持ちでもいいんです」

デザイン関連書籍が並ぶ特徴的な円形の本棚。大人気な読書席です。

お気に入りの椅子を見つけて、ドリンクを飲みながら本との新しい出会いを楽しみ、向き合ってほしいという音喜多さん。

全国的にも珍しい“市営の本屋”である〈八戸ブックセンター〉は、本でまちの文化を高めるこの取り組みを、ぜひ次へ繋げてほしいという思いから、見学や行政視察の受け入れを行っています。

本により八戸の文化を育もうとする〈八戸ブックセンター〉の功績は、今すぐ現れるものではないでしょう。しかしカンヅメブースで執筆した方の作品が多くの人に読まれるようになったり、ブックセンターで出会った専門書のおかげで進路など未来に選択肢が増えたり、本で得た知識をきっかけに八戸にまた新たな風が吹いたり……。このように長い目で見ると、数年後の八戸が今よりもさらに文化の薫り高いまちになっているのではないかとワクワクしてしまいます。

学生時代の私が胸に抱えてわざわざ買ってきたような本が、今はこの街の本棚に並びます。新たな本との出会いに目を輝かせ、本屋を歩き回ったあの頃の私のように、本との出会いを喜ぶ人々の笑顔で溢れる『本のまち八戸』の姿が〈八戸ブックセンター〉にはありました。

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