南部の恵みに魅せられて。関西から八戸へ移住したパティシエのまなざし。 〈パティスリーヤスヒロ〉【根城】

八戸市・根城エリア、ゆりの木通り沿いに店を構える〈パティスリーヤスヒロ〉。自然光が柔らかに差し込むこちらのパティスリーには、丁寧に焼き上げられたお菓子やケーキが並びます。関西出身パティシエ、津曲泰弘(つまがり・やすひろ)さんが手がけるのは、主に南部エリアで収穫された農作物をやさしく引き立てたスイーツたち。素朴でありながら奥行きのある味わいは、子どもから大人までを惹きつけます。

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松浦奈々-nana-matsuura

盛岡市在住。八戸市の浜育ち。広告代理店の営業経験を経て、2024年春からフリーのライター兼フォトグラファーに転身。
家族が実家を引き払い岩手へ移住したことで、生まれ故郷に帰る場所がなくなった2022年。旅をするような感覚で、はちまち取材を通じて八戸のことを再度勉強中。好きなものはレトロなものとフィルムカメラと、イカドンと八戸の空気。
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津曲泰弘さんは兵庫県出身。日本の洋菓子界を代表する名店〈フランス菓子16区〉(福岡県)で5年間修業を積んだのち、実家である〈ケーキハウスツマガリ〉(兵庫県)へ。そこで10年以上に渡って腕を磨き、各種コンテストでも受賞を重ねてきた実力派のパティシエ。

日本だけにとどまらず、研修のため海外にも行った経験があるという泰弘さん。2015年、妻の実家がある青森に帰ることが決まり、実家から近い八戸市に〈パティスリーヤスヒロ〉をオープン。今年で10周年を迎えます。そんな泰弘さんにとって「南部エリア」は、どのように映っているのでしょうか。

「うまく言葉にはできないんですが……空気と土の良さを、肌で感じたんです。八戸に隣接する南部町や三戸町には、香りや甘みのしっかりした食材が本当に多い。杏やかぼちゃ、マスカットやブルーベリーにジュノハート……。どれも一流のものばかりです。特にブルーベリーを試食させてもらったときは、本当に驚きました。実がぷりっぷりで、ものすごくおいしかったんです」

青森といえば「りんご」というイメージが強いかもしれませんが、青森県の南部にあたる「南部エリア」は、実は“果物の宝庫”。南部では冷たく湿った風「やませ」が春から夏にかけて吹きますが、冷害による農作物の不作へのリスクを分散させるために、先住民の方々がさまざまなフルーツを栽培したのが始まりと言われているんだとか。

昼夜の寒暖差、水はけのよい土壌に、涼しい空気。果物を育てるにはぴったりの環境がそろった南部エリアの魅力について、続けてこう語ってくれました。

「南部はさまざまな種類の果物が育つ、本当に特別な地域だと思います。お菓子を作るときは、必ず生産者の方に直接お会いしに行くのですが、みなさんとても控えめで、なおかつ研究熱心で。ものすごく勉強されているのに、それをまったく表に出さない方が多いんです。一流のものを生み出す力を静かに持っている方々が、ここにはたくさんいらっしゃるんです」

生産者さんのもとへ実際に足を運び、直接“対話”を重ねている泰弘さん。(生産者さんとの対談の様子はHPにて公開中)取材中も、泰弘さんの口から「生産者さん」という言葉が何度も聞こえてきました。お菓子の“おいしさの原点”は、こうした人と人との交流にあるのだと、あらためて感じさせられました。

「おいしい食べ方や食べごろは生産者さんが一番よくわかっていらっしゃるので、そこをお伺いしています。例えば桃であれば、収穫してから少し日にちを置いて、追熟させてから加工するのがいいとか。生産者さんからいただいたアドバイスを生かしながら、お菓子作りを進めています。こだわりは、砂糖で甘さを誤魔化さないこと。もともとのフルーツのうまみ、甘みを潰さないことがポリシーですね。“素材の良さは真心のあらわれ”だと思うので、生産者さんの想いを素直に受け取って作ることを、大切にしています」

こだわり抜いた素材が、“定番”を特別なものにする

左上から順にチョコチップ、ティービス、ココナッツ、バター、シュバルツクッキー。口の中でほろっとほどけるクッキーは、思わずもう1枚……と手が伸びてしまうほど。

〈パティスリーヤスヒロ〉の代名詞ともいえるのが、クッキー。贈り物として選ばれることも多く、差し入れでいただいたことがある方も多いのではないでしょうか。
使用されているバターは、なんと日本でも限られた洋菓子専門店でしか使われていない、特別なオリジナル発酵バター。乳酸菌から研究し、生産メーカーとともに開発しました。使用される砂糖は、化学肥料や農薬を一切使わずに作られた、100%オーガニックシュガー。素材のひとつひとつに、泰弘さんの妥協のない選択が光ります。

「ほかに意識しているのは、“ショートケーキはショートケーキらしく、プリンはプリンらしくあること”です。バニラが強く香ったり、洋酒が効いていたり、個性的なプリンももちろんおいしいと思います。でも私は、そのお菓子が“そのお菓子らしく”あることを大切にしたいんです。そうすればきっと、どんな方にも愛されるんじゃないかと思っていて。見た目と味が一致していて、食べたときに『あ、これが食べたかった』と思ってもらえるようなお菓子を目指していますね。それを突き詰めていくと、やっぱり素材の味がしっかりしていることが大前提で……。生産者さんには本当にいつも感謝しています」

左から「苺のショートケーキ」 485円、「抹茶ロール」510円。

左から「ベイクドチーズ」530円、「モンブラン」680円(通年週末のみの販売)。

「ヤスヒロプリン」398円。卵と牛乳のコクが口いっぱいに広がる、どこか懐かしさを感じる味わい。カラメルの苦味は控えめで、口どけなめらか。幅広い層に親しまれそうな王道プリンです。

ケーキのラインナップは、開業当時からほとんど変わらないというから驚き。「ずっと同じものを作り続けていますが、飽きられないようにマイナーチェンジしながら販売しているんです」と泰弘さん。

信頼を重ねて10年、ひとつずつ丁寧に。

今年で10周年を迎える〈パティスリーヤスヒロ〉は、新入社員も多く迎えたのだといいます。泰弘さんのリスペクトは、食材や生産者の方々だけにとどまらず、一緒に働く社員さんにも向けられていました。

「見ていて、すごいなぁと思うことが本当に多いんです。僕よりも上手だなぁとか、すごく努力してるなぁっていうのが現場から伝わってきて。だからこそ、『ここ、すごいね』っていうのは、ちゃんと言葉にして伝えるようにしています。若い子たちは吸収力がすごいんですよね。そういう声がけで元気になってくれて、自力でどんどん伸びていく。そんなふうに思って、近くで見守っています」

誰かひとりだけが良くなるのではなく、地域の方々とともに相乗効果で良くなっていけたなら——。泰弘さんはそんな思いを胸に、こう語ります。

「バウムクーヘンの年輪のように少しずつ少しずつ信頼を重ねて、地域のみなさんから必要とされる存在になっていきたいです」

相手の喜んだ顔を想像しながら〈パティスリーヤスヒロ〉のお菓子を贈ると、「あ、ヤスヒロのだ!」と、パッと相手の表情が明るくなる。私はそんな時間が大好きです。きっとそこにも、泰弘さんの原動力があるのではないでしょうか。

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