“暮らすように旅する”を叶える。一棟貸しの宿〈八戸ゲストハウス トセノイエ〉【吹上】

八戸出身者や、八戸にゆかりのある方、または一度も来たことのない方でも……。八戸にまつわるエッセイやコラムを寄稿いただく企画です。今回は、〈八戸ゲストハウス トセノイエ〉のオーナーであるスズキミノリさんに、宿オープンの経緯や、宿泊者が体験できること、地域社会への思いなどについて寄稿していただきました。

writer
スズキミノリ
1995年青森県十和田市生まれ。
法政大学社会学部卒業。国際見本市主催会社で営業、企画、ライター業務を経験。2022年春に退職・八戸市へJターン。フリーランスとして働きながら、曽祖母の住んだ空き家を改修し、10月にゲストハウス「トセノイエ」を開業。2023年12月、33年間地元の方々に愛された「せんべい喫茶」の常連客を引き継ぎ、朝のコミュニティ喫茶「へバナ」を開業。
これまで46都道府県、22カ国・地域を旅した温泉好き♨️

世界中の旅行者が暮らすように旅する宿

八戸市中心部より10分ほど歩いた吹上地区にある、〈八戸ゲストハウス トセノイエ〉。
2022年に開業して2年間、日本、そして世界中の旅行者の宿泊を受け入れてきました。

ここは、私の曽祖母が住んだ、築45年の古民家です。
7年ほど空き家になっていたところを、リノベーションして一棟貸しの宿としてオープン。
曽祖母の家には、毎年夏の三社大祭の時期になると、遠方から親戚が集まってきました。貧しい戦後を生き抜き、7人の子どもをほぼ女手一つで育て上げた曽祖母は、その経験から頑固でしたがとても面倒見の良い人だったようです。99歳の長寿を全うした彼女の生前の写真は、家族や親戚に囲まれたものが多いように思います。私も幼少期、家族で卒寿を祝ったり、今はもうなくなってしまった片町朝市に行くときは必ず彼女の家に立ち寄ったり、そんな記憶が残っています。

2001年8月3日、トセノイエにてトセおばあさん(中央)と親戚と。

曽祖母の家の周りには“八戸らしい”暮らしが体験できる場所が残っています。
歩いて5分の長者山新羅神社は、八戸三社大祭や八戸えんぶりというお祭りに大変ゆかりのある神社です。夏には日本でも珍しい騎馬打球が行われたり、南部地方の物語を語り継ぐ「森のおとぎ会」が100年以上続いています。
また、八戸地方の郷土料理の「南部せんべい」を作っている工場もあり、いつも香ばしい匂いが街を漂っています。鍛冶町の〈上館せんべい店〉にせんべいを買いに行くと、運が良ければ焼いている光景を見れたり、職人さんとの何気ない会話からも懐かしさを感じることができます。

7月末に行われる森のおとぎ会の様子。この地方に伝わる物語を方言で発表する。歴史と独自の文化が育まれてきた長者山は私のなかのパワースポット。

かつての曽祖母の家のように、いろんな地域から人が集まる場所にしたい。
また、曽祖母が暮らしたような「八戸らしい」暮らしを旅行者にも体験してほしい——
そんな思いで曽祖母の名前「トセ」からとって、「トセノイエ」という名前にしました。

 

トセノイエに泊まり、八戸の暮らしを垣間見る

6畳3部屋のこぢんまりとした、昔懐かしい日本家屋が宿泊客をお迎え。チェックインは可能な限り対面で行い、宿泊客のご要望に応じて夜ご飯のお店や、観光プランをおすすめします。

トセノイエの畳のお部屋。昭和レトロな布団も可愛くて暖かくて人気!

7月は、私自身が八戸三社大祭にかだる(参加する)ため、宿泊客と一緒に歩いてお囃子練習に行くことも。練習場のまつりんぐ広場では、山車の制作風景を見たり、3つの山車組のデザインを見比べたりすることができます。山車組の方が、祭りの由来や山車のデザインについて親切に解説してくれることも!

特別に屯所に入れさせてもらった時も……! 鍛冶町附祭若者連のみなさま、ありがとうございます!

宿泊客の方々は、夜の横丁の飲み歩きを存分に楽しむのですが、八戸はなんといっても朝もアツい!! 希望の方には早起きしていただき、近くの長者山にて朝6時半から開催されるラジオ体操に参加してもらいます。地域の方々が20名以上集まり、1月1日と2月17日以外は毎朝、暑い日も雪の日も開催されるんです!!!

早起きに成功し、桜の木の下でやるラジオ体操は最高です! 第一、第二体操を真面目にやれば筋肉痛になります!

その後は、もともと片町朝市が開かれていたエリアを散策。朝市が終了して10年以上経つ今でも、朝限定で開いている喫茶店や八百屋、魚屋、惣菜屋があります。ここでお腹を満たしてもらいつつ、同じく私が経営する〈喫茶へバナ〉へもご案内。喫茶へバナについては、別記事で紹介いたします。

片町朝市があったエリアで朝営業している〈珈琲蛮〉にて宿泊客とモーニング。

徒歩圏内で、八戸名物の横丁飲み歩き、夏の三社大祭、冬の八戸えんぶり、そして地域住民の朝の憩いの場を全部体験できちゃうんです! トセノイエに泊まらなければ知り得ない地域の営みを垣間見、地元の方とおしゃべりすることで宿泊客の方は大変満足され、「また八戸に戻ってきたい」と言ってくださいます。

 

人生の選択肢が広がる、そんな地域社会を実現したい

そんなトセノイエも開業して2年。
今後は地元の伝統文化を体験できるオプションも開発し、より一層八戸暮らしを体感できる宿に進化していきます。

創業からこれまで、失敗したと感じることは一度もないのですが、困難はたくさんあったと思います。でもそんなときを乗り越えられたのは、「人の人生の選択肢やポテンシャルを広げたい」という創業時の自身の強い思いでした。

高校まで、八戸から車で1時間ほど離れた十和田市で育ちました。高校の時は英語や世界史、地理を勉強することが好きで、大学生になったら留学したいとか、将来は英語を使う仕事がしたいと夢見ていました。ですがそのような夢に近づくための情報を知れる場所もなければ、知っている大人もいなかったように思います。むしろ学校では、もともと活発だった私の持ち味が消されてしまうような先生からの言動、行動により、自己肯定感が低く、他人からの評価を気にするような人間になっていました。

ですが大学で上京し、そこから海外でインターンシップや留学をしたことで、日本中、世界中のバックグラウンドの全く異なる人たちと交流することができました。謙虚すぎることや消極的であることはむしろダメで、どんどん自分らしさを出していく方が当たり前の世界でした。生まれ育った環境とは全く異なるので最初は戸惑いましたが、徐々にリベラルな空気感に居心地を感じ、私はありのままでいていいのだということを自覚することができました。またそこで出会う仲間は、「いい大学に行き、大手企業に入り、退職まで安定して働く」というレールからは全く外れた人ばかり。一度働いてから大学に通う人、仕事を辞めて世界一周する人、定年退職後に大学で学び直す人……自らチャンスを広げ、掴みにいく姿勢にはとても刺激を受けました。

20歳の時1か月間、ヴェネチアにてインターンシップ。これを機にどんどん外国人の友人が増えました。

その後、東京で就職して1年でパンデミックが発生。「このまま会社員をやっていていいのだろうか?」「東京に住み続けたいのだろうか?」と考え抜いた結果、実家の持つ空き家と、大好きな旅を掛け合わせ、Uターン起業することを決断しました。
私が自ら行動することで、大学のときに体感したようなポジティブな空気感を地元にももたらし、学生・若者がもつ可能性を広げていきたい。自分らしさを活かして仕事ができるということを証明したい。田舎でも世界と繋がりを感じられる場所を作りたい——。こんな思いが私の心を突き動かすのです。

多様な価値観をもつ人が交流できる機会を作るために、地元の仲間と一緒に国際交流イベントも企画しています。タイミングがよければ宿泊者も参加しています!

実際のところ、未来を担う若者のためといいつつ、過去そして今の自分を救いたいだけなのかもしれません。自分が好きな自然・伝統文化の近くで、自分が居心地を感じた世界観を作り上げられたら最高じゃないですか? でも自分のためにやったことが、周囲の共感を生み出し、仲間が増えていく感覚もあります。社会というのはこうやって変わっていくのかな、と感じています。
みなさんも一歩踏み出して、自分自身がもつ可能性にチャレンジしてみませんか。

トセノイエ1周年記念イベントの写真。Photo Credit:mamo

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