まちなか唯一の酒蔵〈八戸酒類 八鶴工場〉。横山大観筆のラベルに漂う品格。【八日町】
ステイホームでおうちごはんに次ぐおうちごはんの中、料理酒が切れた。近所のスーパーでお手頃の日本酒を買おうと思ったら、見覚えあるラベルに吸い寄せられて手に取る。これ、じいちゃんが飲んでたな。料理酒にはとてもじゃないがもったいない。ほんの少し使い、残りは食事と味わう。気づくと夫婦で四号瓶を空けていた。 八戸の飲んべえの日常にそっと寄り添うこんなお酒。造り続ける蔵が、中心街にあります。
ステイホームでおうちごはんに次ぐおうちごはんの中、料理酒が切れた。近所のスーパーでお手頃の日本酒を買おうと思ったら、見覚えあるラベルに吸い寄せられて手に取る。これ、じいちゃんが飲んでたな。料理酒にはとてもじゃないがもったいない。ほんの少し使い、残りは食事と味わう。気づくと夫婦で四号瓶を空けていた。 八戸の飲んべえの日常にそっと寄り添うこんなお酒。造り続ける蔵が、中心街にあります。
江戸時代から235年(!)。八戸市中心街で酒造りを続ける〈八戸酒類 八鶴工場〉。本来であれば蔵見学も可能(試飲つきで無料)なのですが、2021年5月末現在、新型コロナ感染症拡大を防ぐため、やむなく休止中。
そこで今回は、はちまちライターとSNS担当が少しだけおじゃまし、酒造りの雰囲気を感じてきました。この記事を読んで、酒蔵見学気分に浸っていただけたら。そして来る見学再開の暁には、ぜひ皆さま自身が足を運び、まちなかで朝酒・昼酒を楽しんでいただけたら(9:00~16:00実施)幸いです。
……てなわけで、始まり、始まり!
長い年月が浮き上がらせた木目も美しいこの木造建築が、八戸市中心街で唯一の酒蔵〈八戸酒類 八鶴工場〉です。表通りに面した洒脱な建物、現在は〈ほこるや〉として使われている〈河内屋橋本合名会社〉とともに大正13年、六代目・橋本八右衛門によって建てられました。
江戸後期、天明6(1786)年にこの地で酒造りをはじめた初代から代々、橋本家当主がこの名を名乗ってきたために、“六代目”とつけています。
またこの六代目、〈八鶴〉という銘柄を生み出した人物でもあります。酒造業を法人化したり、現在はご当地サイダー〈みしまサイダー〉で知られる八戸製氷を立ち上げたりと活躍した実業家でした。
ちなみに今回、取材に応じてくれた代表取締役の橋本八右衛門(はしもと はちうえもん)さんは九代目!
九代目・橋本八右衛門さん。扉の規格も現在とは違うのか、推定身長180cm以上の橋本さんと比べてもこの大きさ!
昭和41(1966)年に商業地域に指定されて以来、八戸市中心商店街では製造業の工場を置くことができなくなりました。しかし八鶴の蔵は以前から同じ場所で酒造りをしてきたため事業継続を許可され、現在に至ります。
企業努力とこの計らいのおかげで、私たちは今も大正ロマンあふれる蔵をまちなかで見られるわけです。ありがたや……。
地下約100mから汲み上げた地下水は鉄やアンモニアは含まず、塩分と硬度は適度に含む。
入口そばには、日本酒造りにとても重要な水を汲み上げる蔵井戸。
百貨店やオフィスビルが立ち並ぶまちなかに、今もきれいな水が湧いている。ちょっと感動的じゃないですか?
硬度0~100が軟水、100~300が中硬水、300以上が硬水と分けられている中で、この八鶴の仕込み水は硬度80.0。軽度の軟水に属します。
同じく取材に応じてくれた営業部長の下村辰雄(しもむら たつお)さんによれば「八鶴の水は柔らかすぎないから、飲んべえ好みのしっかりした酒ができる」のだそうで。その辺り、取材前に自宅で飲んで予習してきた筆者としては納得です。
見事な階段落ちをキメられそうな角度。
日本酒造りの工程はだいたいこんな感じ。
米を洗って水を吸わせる「浸漬(しんせき)」→麹をつきやすくするため米を蒸す「蒸米(じょうまい)」→適温まですばやく冷ます「放冷」→蒸米に麹菌をふりかけて増殖を待つ「麹造り」→発酵をスタートさせるための“スターター”である「酒母(読みは「しゅぼ」とも「もと」とも)」を造る「酒母造り」→酒母と、麹・仕込み水・酵母を合わせて発酵させる「仕込み」→発酵の調整をして「搾り」。
ここまできたら、日本酒のラベルでよく見るフレーズ「濾過」「火入れ」「熟成」などの工程を経て、ようやく完成。
八鶴の場合、そのほとんどの工程が工場2階で行われています。
ここからはダイジェスト写真で見て参りましょう!
米を一面に広げて放冷する「枯らし場」として使われていた広間。現在はイベントスペース。
古いものでは昭和初期から令和の今に至るまで、鑑評会での表彰状や感謝状などがずらり。
何これ、ジブリ⁉ ……ってほどすべてがレトロかわいい工場内。かわいすぎて何に使う機械か忘れたので、見学された方はぜひ聞いてみてください(笑)。
この巨大な蒸気釜の上に「甑(こしき)」(蒸米を造るための釜)を乗せ、蔵人(くらびと=日本酒造りのスタッフ)は一回最大1.5トンもの米を手作業で蒸す。
工場内の全員に連絡したいときに鳴らす呼び鈴。ジブリっていうかもはやディズニーの域か。
麹がお酒の出来に大きく影響するため、製麹(せいぎく)室は日本酒造りの要。現在はお休み中ですが……。
実際の作業はこんな感じ。室温32~33℃の環境下、蔵人が蒸米に麹菌をふりかけ繁殖させる。麹ができるまで48時間ほどの間、一時も気が抜けないとか。
渡り廊下からは2021年11月開館予定の八戸市美術館が見えた。
そしてたどり着いた仕込みタンク。この中で酒造りに必要な材料すべてが出会い、発酵して日本酒となっていく。タンクは巨大で、高さ3m以上はあろうか。出ているのは頭の部分だけで、この床板の下、タンクとタンクの間も実は通路になっている。橋本さんいわく「落ちたら助からないかも(笑)」って本気で怖いです!
再び1階へ降りて「搾り」を行う圧搾機と対面。発酵を終えた「もろみ」のろ過と圧搾がこの1台でできる優れもの。「ろ板」1枚1枚に袋ををかぶせ、上の配管からどぶろく状の「もろみ」を入れて圧力を上げていくことにより、下方から新酒が出てくる。
鮮やかなブリキプレート、手すりに無造作に掛けられた仕事用の帽子。何気ない光景にも酒造りの時間の蓄積、蔵人たちの気配が感じられる。
ラベリングと出荷、発送作業は別棟で行われているため移動。さっき通った渡り廊下を外から見る。この〈八鶴〉のロゴ、実はあの日本画の巨匠、横山大観先生によるものなのだとか。しかもギャラは清酒四斗樽だったとか。粋です!
冷蔵貯蔵していたボトルにラベルを貼るため、結露した水を飛ばす工程。手作り感にキュンとします。
岩手県を本拠地とする日本酒醸造のプロ、南部杜氏のもとで研鑽を積んだ社員を中心に酒造りが続く八戸酒類。ラインナップは看板銘柄の〈八鶴〉〈如空〉をはじめ、リキュールなども含めて常時約40種類。さらにシーズンごとの限定酒も醸造しています。
「『おいしい』には正解がないんですよ。その人、その時、その場で変化するもの。だから作り方を変えて、色々な味わいをご用意するんです」と下村さん。
そういえば日本酒って、暑い日には冷やして、寒い夜はお燗でと、飲み方も色々。季節やシーンに合わせてその時のベストを選んで、さらに飲み方でも楽しめるなんて懐が深い!
最後に、下村さんにこれからの季節のおすすめを聞きました。どちらも夏期限定醸造、青森県内限定発売です。
★如空 五戸のどんべり 夏にごり
720ml/1,408円(税込み)
五戸川水系の軟水で仕込んだ純米濁り酒。定番人気アイテムの夏期限定品です。しっかりとした旨みと柔らかな口あたり、よ~く冷やしてお楽しみください。
★如空Buveur(ビュベール)純米生貯蔵酒
720ml/1,210円 1.8L/2,420円(各税込み)
「ビュベール」とフランス語で「愛飲家」。淡麗なのど越しでグイグイ飲めて、リーズナブルな価格も魅力。その名の通り飲んべえにおすすめの1本です。
残念ながら2021年5月末時点で酒蔵見学が休止中なのは前述の通り。
ですが、八鶴工場にお酒を買いにいくことはできるんです!
運が良ければ市販しない銘柄や鑑評会出品酒といった幻の一本に出会える場合もあり、直接買いに来るツウな飲んべえさんもけっこういらっしゃるそう。
また、まちなかではのほか三日町〈八戸ポータルミュージアムはっち〉などでも購入可能。八日町〈安藤昌益資料館〉(〈あんどう鯛焼き店〉隣)でも、開館日であれば試飲と購入ができますよ。
さらに、本社敷地内に試飲ができる直売所を作る計画も進行中とか。
今年初冬には本社向かいに新美術館がオープン予定ですから、数年後にはアートの後は地酒いっとく?なんて過ごし方も可能になる。今宵もグラスを傾けつつ、そのときを楽しみに待つこととしましょうか。
工場事務所では〈八鶴 金撰〉に漬けこんだ〈いかくん〉と〈炙りエイヒレ〉(各432円/税込み)も販売。「食後の運転はNG」と注意書きのある本格派。もちろん買って帰り、芳醇な香りを堪能しました……♡
青森県庁作成の〈青森地酒カード〉を工場事務所でもらえますが残部僅少。