まるで竜宮城!? 美味しすぎて家に帰れなくなる〈章〉のフルコース。【長横町れんさ街】

八戸出身者や、八戸にゆかりのある方、または一度も来たことのない方でも……。八戸にまつわるエッセイやコラムを寄稿いただく企画です。今回は、函館在住のフリーライター・阿部光平さんに、“長横町れんさ街の魔窟”こと〈章(あきら)〉へ行った際の体験記を寄稿していただきました。

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栗本千尋-chihiro-kurimoto
『はちまち』編集長。1986年生まれ。青森県八戸市出身(だけど実家は仙台に引っ越しました)。3人兄弟の真ん中、2人の男児の母。旅行会社、編集プロダクション、映像制作会社のOLを経て2011年に独立し、フリーライター/エディターに。2020年8月に地元・八戸へUターン。

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「八戸にいるなら、〈章〉は絶対に行ったほうがいいです!」

「とにかく美味しい食べ物が永遠に出てきて、いつまでたっても帰れないんですよ! 私なんて途中で帰るのを諦めて、ホテル取りましたから(笑)。八戸にいるなら、〈章〉は絶対に行ったほうがいいです!」

そんな話を聞いたのは、滞在先のホテルの部屋だった。
友達数人とオンラインで話しているところで、僕が八戸に来ていることを伝えると、前に〈章〉というお店へ飲みに行った友人が、その魅力をものすごい勢いで熱弁しはじめたのだ。

その友人は、地元の人に教えてもらって飲みに行ったところ、あまりの美味しさとボリュームに圧倒されてしまい、それからというもの誰かが八戸へ行くと聞くたびに〈章〉を勧めているらしい。
そして、行った人はみんながみんな「あそこはヤバかった…」と衝撃を受けて帰ってくるというのだ。

なんなんだ、そのお店は。めちゃくちゃ気になるじゃないか。
その日はもう閉店時間が過ぎていたため、翌日の新幹線に乗る前に行ってみることにした。

正直に言うと、そのときはまだ「話のネタになりそうだな」くらいの軽い気持ちだった。
しかし、実際に行ってみると想像よりも遥かにインパクトのあるお店で、今、こうして体験談を書くに至っている。

 

心と脳を揺さぶる〈章〉の絶品コース料理。

ネットで調べたところ、〈章〉は地元でも人気の居酒屋らしい。
混み合うことも多いため事前に電話で予約するか、オープン直後に店を訪れたほうがいいという書き込みもあった。

昼間に電話をかけてみたものの、営業時間外のため繋がらない。
平日だし大丈夫だろうと思い、開店時間の18時に行くことにした。

〈章〉があるのは、たくさんの飲食店が並ぶ「れんさ街」という路地だ。
これぞ飲み屋街という雑多な佇まいで、夜には賑やかな雰囲気になることが想像できる。

18時の少し前に到着すると、〈章〉の軒先には暖簾が出ていた。
店の中には、まだお客さんのいる気配はない。
暖簾をくぐって「一人なんですけど、大丈夫ですか?」と聞いてみると、女将さんが座敷へと案内してくれた。

店内を見回してみるも、メニューらしきものはない。
しばらくすると女将さんが厨房から出てきて、「お兄さん、うちは初めて?」と聞かれた。
他の店にはない独自のシステムがあることを示唆する問いかけだ。

しかし、事前に友人から情報を共有してもらってるので焦る必要はない。
基本的に料理はお任せで、予算に合わせて出してくれると聞いていたが、女将さんに確認してみるとその通りだった。
ここまでは予習してきた通りである。
ちょうど地元産のホヤが旬だというので、それを盛り込んだ6000円のコースをお願いした。

とりあえず入店はできたので、一息つくのにビールを頼む。
あまり見たことがないタイプのジョッキに、妙な期待感が膨らんだ。
出だしは好調!

いよいよ、〈章〉での夜が幕を開ける。

ビールを飲みながら料理を待っていると、お通しが運ばれてきた。
ウニとホタテ、そして、この時期にしか採れない地元の山菜だという。
山菜の説明は女将さんがしてくれたが、どさっと盛られたウニに意識を持っていかれてたせいで詳細は覚えていない。
お通しから手加減なしのラインナップである。
味が濃く風味豊かなウニに急かされるようにして、たまらず日本酒に切り替えた。

続いては、地元の鮮魚がふんだんに盛られた刺身がやってくる。
それも、3点盛りや5点盛りといったチンケなものではなく、ホヤを含めて9点もの刺身が盛られた一皿だ。

はっきりいって、これでもう十分だと思った。
この刺し盛りだけで、ずっと飲んでいられる。
しかも、今日は一人なので、家族や友達に遠慮する必要もない。
これだけ豪華な刺身を自分だけで堪能できるのだ。
そう思ったら、じんわりと興奮が込み上げてきた。

刺身にちょこんとワサビをのせ、それを一切れずつ口に運び、味わいや食感をじっくり楽しんで、ここぞというタイミングで地酒を流し込む。
それは一口ごとに幸せな瞬間を約束してくれるルーティンといった感じで、まったく箸が止まらなかった。

今が旬というホヤも、爽やかな苦味と海を凝縮したような旨味が詰まっていて、ついつい酒がすすむ。
僕は空になった瓶をテーブルの端に追いやり、日本酒の小瓶をもう一本もらった。

刺し盛りを半分も食べ終わらないうちに、今度は馬刺しが出てきた。
見るからに新鮮そうで、テンションが上がる。

すりおろしたニンニクと一緒に食べると、口の中に野生的な旨味と香りが広がり、強烈な余韻が脳を揺さぶった。
噛めば噛むほど味わい深くなっていく馬肉だ。

魚の繊細さとは一味違った、エネルギッシュな世界が開けていく。
単に美味しいだけではなく、食べることの楽しさを思い出させてくれるような体験の連続に、僕はもうすっかり魅了されていた。

味やボリューム、料理が出てくる順番も含めて、〈章〉のコースは凄腕の演出家が作ったエンターテイメントのようだ。
本当に何を食べても美味しいし、旅先で飲んでる感覚も楽しくて、ずっとここにいたい気持ちになってくる。
竜宮城へ行った浦島太郎も、こんな心境だったのかもしれない。

 

締めの雑炊と最終新幹線。

2本目の日本酒も空になり、「さて、どうしようかな」と思って時計を見る。
時刻は19時を回っていた。
予約していた新幹線に乗るためには、あと30分でお店を出なければならない。

しかし、この時点で次には鍋がくることが予告されていた。
鍋を食べて新幹線に間に合うかはギリギリなところだが、なるべく時間のロスがないように駅までの道を調べておく。
「一人で飲みにいくだけだから1時間半もあれば十分だろう」と思っていたけど、竜宮城ではまったく時間が足りなかった。
酔った頭で、そんなことを考えていると、予告通りに鍋がやってきた。

「鍋って、これ?」
心のなかで言ったつもりだが、僕の顔にはその気持ちが表れていたかもしれない。
てっきり汁物だと思っていたので、思わぬ鍋の登場に面食らった。

女将さんに聞いたところ、これは店の名物である「あきら流 すき焼き」だそうだ。
分厚い牛肉が山のように盛られていて、鍋の底にはザクザクの玉ねぎと、トマトがたっぷり敷き詰められている。
これを目的にくるお客さんもいるほどの人気メニューだという。

この鍋を見た瞬間に、新幹線への不安は消え、僕の心は決まった。
「これは焦って食べるものじゃないな。新幹線を遅らせよう」

新幹線を最終便に変更したことで時間の猶予ができたので、3本目の日本酒を頼む。
すき焼きもちょうど食べごろだ。

プリプリの牛肉とクタクタの玉ねぎを一緒に頬張ると、素材のエキスが凝縮されたジューシーな旨味が一気に染み出してきて、しばし放心状態となる。
正直、もうお腹はいっぱいだったのに、満腹中枢のネジを吹っ飛ばすような美味しさだった。

この興奮を誰かと共有したくて、〈章〉のことを教えてくれた友人にメッセージを送ると、間髪入れずに「章ファンが増えて嬉しいです!!」と返ってきた。
今なら僕にもわかる。
ここは人に勧めたくなるお店だ。

楽しい時間は本当に早い。
すき焼きをじっくりと堪能し、お酒もきれいに飲み干すと、もう21時近くなっていた。
これ以上ない幸福な満足感に浸りながら、お会計をお願いする。
すると、女将さんが信じられないようなことを言った。

「まだ雑炊があるからね!」

「とにかく美味しい食べ物が永遠に出てきて、いつまでたっても帰れないんですよ!」と言っていた友人の言葉が頭の中でリフレインして、あれは冗談じゃなかったんだと息を飲む。

さっきまでは竜宮城にいるような気分だったのに、今は安部公房の『砂の女』という小説の主人公になったような心持ちだった。

砂丘へ昆虫採集をしに来た男が、ひとりの女性が住む砂穴の家に閉じ込められ、様々な手段で脱出を試みる。しかし、何度も失敗しているうちに砂穴での暮らしに順応し、元の世界に戻ることを諦めるという物語だ。

最終の新幹線に乗るためには、あと15分ほどで店を出なければならない。
果たして僕は家に帰れるのだろうか。

ほどなくして、お店の方がすき焼きの鍋で雑炊を作ってくれた。
お腹的にも時間的にも一口食べるのが精一杯だろうと思っていたのだが、これがもう今まで食べた雑炊のなかでトップクラスに美味しくて、頭を抱えてしまう。
そのせいで、絶対にあり得ないと思っていた延泊の可能性が頭をよぎった。

「いやいや、ダメだ。僕は帰らなければいけない。家では家族が僕の帰りを待っているのだ」

贅沢な出汁がきいた雑炊を、ガチャガチャと音を立てながら無作法にかき込む。
終電が迫る切羽詰まった状況で、「ゆっくり食べようと、急いで食べようと、美味いものは美味い」という気づきを得た。

雑炊を完食し、急いで会計をしてお店を出る。
気持ちは焦っているが、満腹すぎて体がついてこない。

外まで見送ってくれた女将さんが最後に「大丈夫? ご飯足りた?」と言ってきたのは、さすがに笑ってしまった。

なんて素敵なお店なんだろうか。
「絶対にまた来ます!」と心から真っ直ぐ取り出した言葉を伝え、僕は賑やかな夜の「れんさ街」を駆け足で駅へと向かった。

 

▼プロフィール

阿部 光平(あべ こうへい)
北海道函館市生まれ。東京の大学へ進み、卒業を機に5大陸を巡る世界一周の旅に出発。帰国後、フリーライターとして旅行誌等で執筆活動をはじめる。現在は雑誌やウェブ媒体で、旅行、音楽、企業広告など様々なジャンルの取材・記事制作を行っている。
東京で子育てをするなかで移住を検討するようになり、仲間と共にローカルメディア『IN&OUT –ハコダテとヒト-』【 http://www.inandout-hakodate.com 】を設立。6年間の二拠点生活を経て、2021年3月に函館へUターンした。
Twitter: https://twitter.com/Fu_HEY

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