これさえ読めば間違いなし! 〈八戸せんべい汁研究所〉所長に聞く、八戸せんべい汁入門。
約200年以上の歴史があるといわれている、八戸の郷土料理「八戸せんべい汁」。食べ慣れすぎてもはや何もわかっていなかった八戸せんべい汁について知るため、今回は〈八戸せんべい汁研究所〉、通称汁゛研(じるけん)の所長をお招きして、八戸せんべい汁における入門的な知識を教えていただきました!
「せんべい汁(じるじる) これはまるでアルデンテ」
この記事を読んでいるあなたは、この一文を読んでどう感じましたか?
「せんべい汁? 何それ?」という方もいれば、「せんべい汁は知ってるけど、アルデンテってどういうこと?」という方もいることでしょう。
しかし、あなたが八戸出身ならば……。 浮かんだでしょう、あのメロディが!!
こちらは、3名のローカルタレントによるユニット〈トリオ★ザ★ポンチョス〉の「好きだDear!八戸せんべい汁」。八戸せんべい汁の応援ソングとして作られました。
八戸出身ならば、誰もが脳内で歌うことができるといっても過言ではないこの曲。なかには踊りだって完璧に踊れる人もいるのではないでしょうか?
かくいう私もその1人。小学生の頃は口ずさみながら登下校したものです。せんべ〜い、汁、じる、じる、まるでアルデンテ〜♩
応援ソングが作られるほど、地元の人に愛されている「せんべい汁」。これが一体なんなのか、みなさんはご存知でしょうか?
せんべいを鍋に? 「八戸せんべい汁」って何?
「八戸せんべい汁」とは、八戸の郷土料理のひとつ。肉や魚、野菜などでダシをとった汁の中に、「南部せんべい」と呼ばれる鍋用のせんべいを割って入れて煮込んだものです。鍋用のせんべいは「おつゆせんべい」と呼ばれることもあります。
「せんべい」と聞いて、一般的にイメージされるものといえば「草加せんべい」や「ぽたぽた焼き」のようなお米を使用したせんべいです。
Googleで検索したらこんな結果に。
しかし、ここで使用される「南部せんべい」は、小麦粉と塩を使用した、こんなせんべい。
醤油やタレをつけていないので白い。かわいい。
「おつゆせんべい」とも呼ばれ、汁もの用に開発されたものなので、鍋に入れても溶けにくく、“まるでアルデンテ”のような食感が楽しめます!
八戸せんべい汁は、主に旧南部藩の領地だった八戸市を中心とする青森県南から岩手県北の地域で食べられており、約200年以上の歴史があるといわれています。これらの地域は冷害が多く米がたくさんとれない地域でした。ですから、小麦粉を主原料とした「南部せんべい」はご飯の代わりの主食や副食であり、大切な保存食でもあったのです。
今や八戸の郷土料理として、全国的に知られている「八戸せんべい汁」ですが、その名が定着し始めたのは、なんと平成になってから。
その立役者となった団体を、みなさんはご存知でしょうか?
八戸せんべい汁を通じてまちづくりに取り組んでいる団体、〈八戸せんべい汁研究所〉、通称「汁゛研(じるけん)」!!
〈八戸せんべい汁研究所〉の木村聡(さとし)所長。
今回は〈八戸せんべい汁研究所〉の所長である木村聡さんをお迎えして、八戸せんべい汁に関する知識〜入門編〜をお届けします! いざゆかん、八戸せんべい汁の世界!
味は3つに分類される!? 奥深い八戸せんべい汁の世界。
さぁ、さっそく八戸せんべい汁について伺っていきましょう! 木村さん、おすすめの八戸せんべい汁の食べ方はありますか?
「実は、八戸せんべい汁には大きく分けて3種類あるんです」
さ、3種類!? 八戸で生まれ育ち27年、衝撃の新事実です!!
鍋物としても、汁物としても楽しめる八戸せんべい汁には、大きく分けて「鶏だししょうゆ系」「魚だし塩系」「馬肉鍋味噌系」の3種類の味があるのだそう。それぞれの特徴と魅力について、解説してもらいました。
こちらは〈らぷらざ亭〉の八戸せんべい汁。
まずは、八戸せんべい汁のスタンダード味「鶏だししょうゆ系」。八戸せんべい汁を食べたことのない初心者さんは、まずは鶏だししょうゆ系の八戸せんべい汁を食べてみることをおすすめします!
汁゛研によると八戸市内の飲食店で取り扱っている約8割の八戸せんべい汁はこちらのタイプだとか。家庭料理でも一般的に取り入れられており、八戸市民のほとんどが「八戸せんべい汁」と聞いて思い出すのはこの味でしょう。
鶏だししょうゆ系は、肉や野菜のダシを感じられるやさしい味わいが特徴的。内臓にしっとりと浸透し、食べるだけでどこか懐かしいと感じてしまうほど、DNAレベルで体が喜んでしまいます。
汁を吸い込んだ鶏肉をじっくり味わって食べるのも醍醐味のひとつです。
2つ目は「魚だし塩系」。
こちらは〈サバの駅〉の八戸せんべい汁。
脂が乗ったサバなど、八戸に馴染みのある魚からダシをとり、少しだけ醤油を加えたタイプです。魚の旨みを邪魔せず、むしろうまみを引き立てるようなちょうどよい塩味が魅力的。汁には魚から出たダシがにじみ出ており、それを染み込んだせんべいは、えもいわれぬおいしさです……(涙)。 店によっては、魚の身がゴロゴロ入っていて、八戸らしい海鮮のうまみを感じることができます。
家で手軽に体験するなら、サバの水煮缶を使用すると良いかも! と所長からアドバイス。使用する魚に合わせて、味つけを変えてみるのもいいかもしれませんね。
こちらは〈ねね〉の八戸せんべい汁。
最後に紹介するのは「馬肉鍋味噌系」。古くから馬の産地で知られている八戸周辺地域では、馬肉鍋(桜鍋)を食べる文化があります。特に、隣の五戸町は「馬肉といえば五戸町」と呼ばれるほど、青森県内外問わず高い知名度を誇っています。
馬肉鍋自体は全国各地で親しまれていますが、その多くがしょうゆ味です。しかし、この辺の地域で親しまれているのは味噌味。味噌味の鍋にたっぷりの野菜と馬肉が入った馬肉鍋は全国的にも珍しく、この地域独特の味つけなので、八戸周辺を訪れた際にはぜひ食べてもらいたいです!
味噌のコクやダシをよく吸ったせんべいはおいしく、特に味噌味は、非常に体があたたまるので、今の時期にぴったり。さらに大量の野菜を摂取でき、馬肉も非常にヘルシーで、心にも体にも優しい鍋になっています。
馬肉鍋味噌系は、八戸のなかでも食べられる店が少ないので、気になる方は、ぜひ汁゛研にお問い合わせください!
初めて八戸に来た方や八戸せんべい汁を初めて食べるという初心者さんは、まずはスタンダードな「鶏だししょうゆ系」を食べることをおすすめします!
八戸せんべい汁を食べ慣れている中〜上級者は、塩系、味噌系を食べてみてください。食べ比べると、より八戸せんべい汁への理解が深まることでしょう!
また、店によって味付けが異なるので、ご自身の“推し八戸せんべい汁"を探すのも面白いかもしれません。
おいしいだけじゃない!楽しいのがせんべい汁。
ひとくちに八戸せんべい汁といっても、店によって提供のしかたはさまざま。鍋で出してくれるところもあれば、どんぶりで出してくれるところもあります。
なかには、南部せんべいを鍋に入れる前に、そのまま提供してくれる店もあります。そこでは、せんべいを割る体験をすることができます。
汁゛研でおすすめしているのは、“ベンツ割り”。ドイツの車メーカー〈メルセデス・ベンツ〉のマークのように3等分することで、せんべいを煮たときにアルデンテの状態にしやすくなるのだそう。
歌にも出てくるアルデンテですが、ここでいうアルデンテは、縁はトロッと、中心は歯応えがある状態になっていることを指します。特に、箸で持ち上げたときに、への字ではなく、Uの逆さま状態になっているのが食べごろなのだとか!
見事なU。
汁もしたたっていい感じ。
4等分だと小さすぎるので、このUの字は出せません! やはりベンツ割りでなければいけないのです。
せっかくなので、はちまち編集部スタッフがベンツ割りに挑戦します!
せんべいを2枚重ねにして、上の1枚を2つに割るようにするのがコツなのだそう。さぁ、割ってみましょう!
あ〜〜〜〜っと、これはいかがでしょうか、木村所長!
木村さん「これはベンツではないですね」
これはベンツではない!! 残念!
次は私も挑戦してみます!
緊張の一瞬……!
これは!! いかがでしょうか!!!
「お〜〜! きれいにベンツですね! さすが、持ってますね、小田桐さん!」
せんべいを割っただけなのに! せんべいを割っただけなのに!! この自己肯定感のあがりようである!!! なんだこれ楽しい(笑)
汁゛研では「煮込み3年、割り8年」という言葉が伝えられているらしく、安定してベンツ割りができるようになるには8年の修行が必要とされているそうです。先ほどのベンツは完全なるビギナーズラック……(笑)。修行といいながら、何度も何度も割りたくなってしまいます。
ただおいしいだけではなく、せんべいを割ることがちょっとしたエンターテイメントになっているのも、八戸せんべい汁の魅力のひとつなんですね。
可能性は無限大! 南部せんべいの創作料理。
八戸市内の飲食店では、八戸せんべい汁の他にも、南部せんべいを用いた創作料理が各店舗で販売されています!
こちらは〈らぷらざ亭〉の「南部せんべいピザ」! 確かに、元をたどれば小麦粉ですから、おいしくないわけがないのです。チーズとせんべいの塩っけが絶妙にマッチして、箸が止まらない、止まらない。
さらに、こちらは〈サバの駅〉の「せんべい天ぷら」。想像以上のもちもち食感! まるでもちもちしたピザ生地を食べているような食感です。
小麦粉(せんべい)に小麦粉をまぶして揚げているので、炭水化物と脂質の塊……、まさしくカロリー爆弾! しかも、ごませんべいを揚げている場合、ほどよいしょっぱさが最高です。食べすぎると脂質、糖質、塩分摂取過多間違いなしの「せんべい天ぷら」ですが、これはエンドレスリピートできるおいしさです。全人類の3時のおやつにしたら争いごともきっと終わることでしょう。
古くから伝統的に伝わる南部せんべいは、現代まで脈々と受け継がれ、今ではこんなにも可能性が広がっています。
発祥地ならではのディープさを感じられる南部せんべい料理。八戸でしか食べられないので、ぜひ一度挑戦してみてくださいね!
八戸の魅力を知ってほしい! 汁゛研の活動はまだまだ続く!
〈八戸せんべい汁研究所〉が活動を始めたのは2003年11月。実は、かの有名な『ご当地グルメでまちおこしの祭典!B-1グランプリ』を始めた団体でもあります。
汁゛研の活動は、八戸せんべい汁を売るためではなく、八戸せんべい汁をきっかけに、八戸を知ってもらったり、実際に八戸に来てもらうための活動。結成してから約20年経つ今も、そのスタンスは変わりません。
今後はさらに、県外の人だけでなく、市内の人に向けた活動にも力を入れていきたいと考えているのだそう。
「八戸には、きれいなもの、おいしいもの、楽しいものなど、素敵なものがたくさんありますから、八戸の人にはもっと地元に自信を持ってもらいたいんです。自信を持ってもらえると、じゃあその素敵なものを維持していくためにどうしようか? と考える人も増えるはず。そしたら持続可能な八戸をつくっていけると思うんです。そういう“人づくり”にも、今後は力を入れていきたいです」と木村さんは語ります。
オレンジのポロシャツは20周年記念で作成したのだそう。
八戸のみならず、地方都市出身の人は、地元の良さを聞かれても「なにもない」と答えてしまう人が多いのではないでしょうか?
地元には地元の良さがたくさんあります。さらに言えば、まだまだ知らない新たな発見もたくさんあるはずです。私が生まれてから幾度となく食べていた八戸せんべい汁の味が3種類もあることを、27年目にして初めて知ったように。
地元を魅力あるまちに、好きな地元にしていくのは、私たち自身なのかもしれません。地元に住んでいる人こそ、地元の魅力を再発見していくことが大切なのだと思います。
さらに木村さんはこう語ります。
「進学や就職で地元を離れた若者が『帰ってきたくなる地元』にしていきたいと思います。最終的には、ここに住んでいる人が『一生八戸に住んでいたい』と思えるまちにしていきたいです」
「まちおこしに終わりなし」
その言葉を背に、今日も汁゛研の活動は続きます。
今回、木村さんの取材や、汁゛研の活動について伺っていくなかで、こんなにも八戸への愛に溢れて活動している人がいることに、非常に感銘を受けました。いつか、汁゛研自体の魅力についてもみなさんにお伝えできればうれしいです!