受験シーズンは店名が変わる? いたずらな妖怪が由来の〈てんころばしドーナツ〉【新湊】

まあるいフォルムに、真ん中をくり抜かれたまんまるの穴、ひと口頬張ると心がほどけていくような、やさしい甘さのドーナツ。八戸市新湊にある〈てんころばしドーナツ〉は、かつて保育園の夏祭りで売られていたドーナツをイメージして作られ、手頃に食べられる価格で提供しています。

writer
栗本千尋-chihiro-kurimoto
『はちまち』編集長。1986年生まれ。青森県八戸市出身(だけど実家は仙台に引っ越しました)。3人兄弟の真ん中、2人の男児の母。旅行会社、編集プロダクション、映像制作会社のOLを経て2011年に独立し、フリーライター/エディターに。2020年8月に地元・八戸へUターン。

Twitternote

館鼻公園のふもとにあるドーナツ専門店

八戸市内を見下ろす館鼻公園のふもと、ゆるやかな坂道を上がった先にある〈てんころばしドーナツ〉は、2024年11月にオープンしたドーナツ専門店。

特徴的な店名は、「十王院のてんころばし」という妖怪に由来します。雨の日の夜になると、湊町にある寺院〈十王院〉の坂を飛び跳ねて、人間たちを驚かせて転ばせていたという、“超ローカル妖怪”です。

笑顔で迎えてくれたのは、店主の中居亜希子さん。夏休みに田舎で待ってるお婆ちゃんをイメージしているという、割烹着にもんぺ、姉さんかぶりがトレードマーク。

自宅のガレージを改装してつくったという店舗はこぢんまりとしていますが、中居さんの集めたアンティークの什器や雑貨が詰め込まれています。そんなこだわりの空間にドーナツを揚げた甘〜い香りが充満。年季の入った木枠のガラスショーケースに、目移りしてしまいそうなほどドーナツがぎっしりと並びます。

ドアや窓、ショーケースはアンティークものを揃えた。

ドーナツのベースは大きく分けて4種類。シュークリーム生地の「フレンチクルーラー」(190円〜)、おから入りで味噌が隠し味の「たまごドーナツ」(140円〜)、12時間の長時間発酵でふわっもちっとした「イーストドーナツ」(100円〜)、ザクホロ食感の「オールドファッション」(140円〜)があり、それぞれ風味や食感に特徴があります。

さらにドーナツの真ん中をくり抜いた余り生地は、ボール状にして揚げて「おへそ」として1粒30円で販売。ちょっとずついろんな味を楽しみたい! という欲求を満たしてくれます。

写真の金額は取材時点のもの。

フレーバーはメープルシュガーや黒糖、オレンジ、はちみつバター、きび砂糖、チョコナッツなど、どれも「絶対おいしいやつ〜!」なラインナップ。定番はありつつも、「雪が降ってきたからホワイトチョコを出そうかな」など、季節やその日の気分によって登場するフレーバーもあるそう。

土日だと1日400個売れる日もあり、『本のまち八戸ブックフェス』では、600個作って午前中に売り切れてしまったという人気ぶり。開店当初は中居さんお一人で運営する予定だったものの、現在は娘さんたちがお手伝いしてくれているそうです。

週末になるとオープン10時の揚げたての時間に合わせて行列ができ、以前プライベートで伺ったときはあまり買えなかったのですが(泣)、今回は平日の開店時を狙って訪店。

ドーナツがいっぱいある〜! うれしい〜!

わが家には食べ盛りの子どもが3人いるので、ドーナツを全種類、1個ずつ買わせてもらうことにしました。

注文すると、ドーナツを包み紙にくるんでくれます。

「昔は肉屋さんや魚屋さんに行くと、紙に包んで渡してくれたんですが、小さい頃から憧れていて。そこから着想を得てこのスタイルにしました」と中居さん。

ガレージを断熱施工し、漆喰壁などはDIY。アンティークの扉と窓はシャッター開口に合わせて大工さんが施工してくれたという。

店内の一角には小さなイートインスペースがあり、冬の間はストーブで温めた麦茶をふるまってくれることもあります。どこか懐かしく、おばあちゃんの家のような居心地のいい空間です。

 

栄養士や文化施設の勤務を経てドーナツ屋さんに

もともと保育園や病院の栄養士として働いていた中居さん。病院での勤務時代には毎食500食分もの病院食を作っていたそう。

「味噌汁はお出汁からとっていたので、わざわざ『おいしかった』とお礼を言いにきてくださる患者さんもいらっしゃいました」

元来、人と接するのが好きだった中居さん。もっと直接お客さんと話したいと考え、飲食店でのホールスタッフや、〈八戸ポータルミュージアム はっち〉のインフォメーション、〈八戸市美術館〉の総合案内などでの接客も経験しました。そんななか、自分でお店を出そうと考えるようになったきっかけは何だったのでしょうか。

「数年前に大病を患い、生きることについて考えたんです。自分が死ぬかもしれないという問題に直面したとき、『駄菓子屋さんをやりたい』という、幼い頃の夢を叶えていないことに気がつきました。私は幸運なことに生きながらえたので、やりたいことをやろうって。

あえて周りに言うことで自分を追い込もうと、みんなに話しました。友人たちはおもしろそう、と背中を押してくれましたね。一番の気がかりは両親でした。何よりも安定を大切にする家庭だったので、客商売をやるってことがとても心配だった様子で。『何も言わずに応援してくれ』と頼みました。今では週に1〜2回来てくれています」

 

保育園の夏祭りで売っていた「内緒のレシピ」が原点

駄菓子屋さんではなくドーナツ屋さんにしたのは、子どもにも大人にも来てもらえるお店にしたかったから。レシピの原型となったのは、保育園の勤務時代に夏祭りで売っていたドーナツだそうです。

オールドファッションは凍らせてもOKとのこと。実際に冷凍してみたら、冷たいまま食べてもサクッとしていてよき。夏は凍らせてストックしたい!

「ガツンとした甘さじゃなくて、やさしい甘さのドーナツが理想でした。保育園に勤めていたとき毎年夏祭りがあったのですが、年配の保育士さんが『ウフフ、内緒のレシピ』と言いながら作ってくれた不格好なドーナツが毎年大人気で、若いお父さんお母さんもみんな買っていくんですよ。結局レシピは教えてもらえなかったんですが、ああいう素朴なドーナツを作りたいなと思って。

八戸は南部せんべいの文化がある土地だから、粉の味がわかる人たちが多いと思うんです。なので極力甘さやクリームに頼らず、甘さ控えめで粉の風味が感じられるドーナツにしようと考えました」

半年から1年程度かけて毎日試作を繰り返し、ようやく納得できるドーナツができました。生地に使用するのは、きめが細かく、軽く仕上がりやすい薄力粉や国産の強力粉。ただし、素材にこだわりすぎると単価が高くなってしまうので、「こだわらないのがこだわり」とのこと。

コーヒーが好きだという中居さん、イタリア〈La Marzocco〉のエスプレッソマシンとグラインダーを導入することにはこだわった。エスプレッソマシンは「このお店のなかで一番高い」と笑う。

できるだけ安く提供したいと、物価高のご時世にもかかわらず、どのドーナツも100円台からとお手頃です。取材時より10円の値上げをせざるを得ないとのことですが、それでも安い……。

「家族連れのお客さんや、若いカップルのお客さんが多くて、近所の小学生が初めてのおつかいとして来てくれることもあります。この大変な時代に子育てをしている若い人たちを応援したくて、できるだけ値上げはしたくないんです。

ドーナツって、普段着のお菓子じゃないですか。テレビでも観ながらつまんでもらうくらいの気軽さで食べてもらえるとうれしいです」

 

受験シーズンは〈てんころばないドーナツ〉に改名!?

実は〈てんころばしドーナツ〉、受験シーズンは〈てんころばないドーナツ〉になるそう。

「受験生に向かって『落ちる』『転ぶ』『滑る』などの言葉を避けるゲン担ぎがありますよね。受験シーズンはステッカーを“逆さ貼り”することで合格祈願をしています。凍った雪道で転ばないように、という願掛けでもあります。

実際に受験して合格した人が、『おかげさまで効果がありました』と言いにきてくれることもありました。大事な資格試験を控えている人に逆さ貼りすることもできるので、受験シーズンじゃなくても気軽に言っていただければ」

受験シーズンはこのシールが逆さになります。

紙袋に貼るシールも中居さんのお手製。ハンコ屋さんに図版を持ち込んで作ってもらったハンコを、和紙シールにひとつずつ押しているそう。かすれや曲がりが出ることもありますが、印刷にはない味わいがあります。

最後に、今後の展望はありますか? と聞いてみました。

「いよいよ駄菓子を置きたいなと。子どもも大人も大好きな駄菓子を、いっぱいじゃないですけれど、ちょこっと置きたいなと思います。公園に近いので、シャボン玉とかが売っていたら楽しいかなって。

あとは、これからも普段着のお菓子として気軽に食べてもらいたいので、みんなが横になりながらこんな感じ(上半身を傾け片手を頭に添える動作をしつつ)で食べてもらえれば嬉しいです」

帰宅してから取り出すと、ひとつひとつの包みがずっしり。これは、幸せの重さや……。

中居さんは「横になって気軽に食べてほしい」と話していましたが、子どもたちは奪い合うようにして、直立不動で食べました(笑)。

やさしい甘さの普段着のお菓子を、家族みんなで食べる。そんな当たり前の日々が一日でも長く続きますように。

公開日

まちのお店を知る

最近見たページ